クリスマスに焚く、優しいピート──小諸蒸留所の熟成とブレンド哲学(第3話)
2026.7.22
「あとは時間さえあればいい」
まだ2年も経っていないニューボーンでした。
なのに、驚くほど濃い色をしています。
第2話では、ニューメイクの果実味と、50年かけて湧く水の話をしました。
今回(第3話)は、そのニューメイクの熟成の世界――熟成とピート、そしてブレンドの哲学へ入っていきます。

2年足らずで、これだけ色づく
ノンピーテッドのニューボーン。
熟成期間はまだ2年未満だというのに、しっかりとした琥珀色でした。
小諸蒸留所(KOMORO DISTILLERY)がこの11月に迎える、初めてのシングルモルトリリース。
このサンプルは、そのファーストリリースのコンセプトを示す一杯なのだそうです。
イアンさんは「スプリング・ニューボーン」と呼んでいました。
軽井沢・小諸エリアの、今年の春を祝う名前です。
この色づきの速さの秘密が、小諸蒸留所の熟成哲学にありました。

(訪問時撮影・ジム・スワン博士の名を冠した「ジムスワンハウス」と言われるウイスキー熟成庫。
森の環境を封じ込めたような熟成環境で、自然の恵みを最大限建築に取り込みながら、自然環境にできるだけ負荷を与えない建築。
自然の生み出す偶然に最後は任せるという。)
「夏はサンドペーパー、冬は酸素」
イアンさんは、日本の気候を「台湾とスコットランドのちょうど中間」だと言います。
台湾のような、暑い夏。 スコットランド(特に長野)のような、寒い冬。
その両方があることが、熟成の鍵なのだと。
暑い夏は、荒々しい角を磨くサンドペーパーのように。
寒い冬は、樽に酸素を送り込んで、より洗練された香りを育てる。
この二つが交互に効いて、ウイスキーが磨かれていく。
だからイアンさんは、11月のファーストリリースまでの3か月、まだ少し荒さの残ったニューボーンが、あとどれだけ洗練されていくかを、楽しみにしながら待っているのだそうです。

30年先を見据えて
もうひとつ、イアンさんが力を込めて話してくれたことがあります。
このニューボーンは、まだ2年も経っていない。 なのに、もうこれだけのものになっている。
イアンさん自身が、それに一番驚いていました。
「日本でも、ゼロからスコッチに引けを取らないウイスキーが造れる」
カバランを世界一に導いた人が、今、日本でそれを実感しています。
小諸蒸留所は、これから3年・5年・8年・10年と重ね、12年から熟成年数を表記していく計画だそうです。
その先に見据えているのは、30年。
カバラン時代の熟成は、平均で3〜8年ほどだったといいます。
だからこそ、小諸蒸留所では、腰を据えて長い熟成に挑んでいる。
蒸留を始めたのは、2023年。
30年ものが完成する頃、イアンさんは78歳になっています。
一代のうちに答え合わせができるとは限らない時間軸を、最初から計画に組み込んでいる。
それが、小諸蒸留所のスケールでした。
ちなみにイアンさんは、スコットランドで70年熟成のウイスキーを味わったこともあるそうです。
その一杯が教えてくれた「木を植える」という話は、別の記事で詳しく書いています。
→ 70年もののウイスキーと、イアン・チャンさんの「継承」の物語

クリスマスに焚く、優しいピート
小諸蒸留所では、ピーテッドを、年に一度だけ造ります。
12月1日から、翌年1月末までの、およそ2か月間。
なぜ、その時期なのか。
イアンさんの師である、故ジム・スワン博士(Dr. Jim Swan)の誕生日が、12月25日のクリスマスだったから。

博士は、ライトに効かせたピートが大好きだった。
だから小諸蒸留所では、その時期に、優しいピートを焚くのだそうです。
そうして生まれたのが、「クリスマス・ニューボーン」。
師の誕生日の名を冠した、優しいスモークの一杯です。
毎年クリスマスがくるたびに、蒸留所は、師の愛したピートの香りに包まれる。
それはまるで、いなくなった人へ贈る、香りの手紙のよう…
ジムスワン博士への深い尊敬。
あたたかいものが宿っている。
なんて素敵な選択で、なんて素敵なネーミングなんだろうって💛
こういうセンスが、私が、小諸蒸溜所・イアンさんの推し活したくなる理由のひとつです。

(訪問時撮影・イアンさんは、ジムスワン博士のことを本当に尊敬して、今でも指針にされているのが伝わるパネル。
きっと天国で、愛弟子の挑戦に喜んでくれている!)
小諸蒸留所のピートは、麦芽の段階で約25ppm。
12月から1月、この優しいピートを焚く時期になると、蒸留所全体が、スモーキーなベーコンのような香りに包まれるのだそうです。
「いい香りすぎて、いつもお腹が空いてしまうんです」
イアンさんは、そう言って笑っていました。
では、なぜあえてライトなピートなのか。
強く焚きすぎると、あの果実味も、蒸留所そのものの個性も、スモークに覆い隠されてしまう。
イアンさんが目指すのは、フルーティーさとスモーキーさの両立です。
甘くフルーティーなニューメイクに、優しいスモークが、そっと乗る。
去年サントリーのマスターブレンダー・福與さんが、この「クリスマス・ニューボーン」を試されたとき、「これは熟成何年ですか」と驚かれたそうです。
答えは、13〜15か月。
「熟成庫が焼け落ちでもしない限り、これはずっと成長し続けると思います」
イアンさんは、そう言って笑いました。
調和は、ブレンドの力で
小諸蒸留所が大切にしているキーワードは、調和とバランスです。
かつてイアンさんが福與さんに「ジャパニーズウイスキーとは何か」と尋ねたとき、 返ってきた答えが「調和であり、バランスだ」だったのだそうです。
あの「響」のように、すべてが調和したウイスキー。
その調和を、ブレンドの力で達成していく。
イアンさんは、取材で「日本のベンチマークはどこか」と聞かれると、必ずサントリーだと答えるそうです。
そのブレンドの技術を、心から尊敬していると。
「響」のような調和のとれたウイスキーは、普通、モルトとグレーンという複数の原酒を混ぜ合わせて造られます。
では、小諸蒸留所、調和を目指すなら、グレーンを造るのでしょうか。
そう尋ねると、イアンさん個人の情熱は、あくまでモルトウイスキーにある、と。
イアンさんが見ているのは、「どうハーモニーを達成していくか」。
グレーンとモルトを混ぜること、それ自体がゴールではないのだそうです。
KDIグループがこれから造っていく、さまざまな原酒。
それを、ブレンドの力で、どう調和とバランスのとれた一杯にしていくか。
そこにこそ、ブレンダーの力量があり、そこにイアンさんは挑戦されているのだ。
そう、私は解釈しました。
シェリーカスク原酒
この夜、最後に出てきたのが、スペシャルなシェリー+αでした。
まず出てきたのは、シェリーカスクの造り手からいただいたという、約40年もののシェリー酒。
ほぼ40年もののPXで、シロップのように、とろりと濃い。
こんなシェリー酒を造れる相手だからこそ、小諸蒸留所は特別な樽を分けてもらえる。

そして、 イアンさんが、小さな小瓶に入れて2つの原酒を持ってきてくれました。
ひとつは、シェリーカスクをごく一部に使った、特別なニューボーン。
もうひとつは、オロロソの樽で2年熟成させた、小諸蒸留所の原酒。
みんなで、少しずつ、味わいます。
これが、どれだけ貴重なことか。
小諸蒸留所は、樽の構成を、ほとんど明かさない、シークレットな造り手さんです。
その造り手さんが、原酒の構成まで明かして、こうして分けてくださる。
そんなことは、めったにありません。
あの場にいたお客様が、このすごさをどこまで感じ取ってくださったかは、わかりません。
でも、これは本当に、貴重な体験で、こんなスペシャリテをご用意くださったお心遣いがありがたすぎて!!

今、スペインでは、シェリーカスクの規制がとても厳しく、 QRコードで認証されていなければ「シェリー樽」とは名乗れないのだそうです。
その正規の樽から生まれた、混じりけのない一杯。
ニューメイクから、水、熟成、ピート、ブレンド、そしてシェリーまで。
小諸蒸留所のウイスキーが、どれほど緻密に、どれほど長い時間軸の上で造られているか。
その一端を、一晩で味わわせてもらいました。
でも、この夜まだ語り足りないことがあります。
それは、これらすべてを生み出す「人」の話。
次の第4話では、カバランから日本へ渡ったイアンさんの歩みと、 「いちばん大事なのは、情熱だ」という、その哲学に迫ります。
― 小諸蒸留所・イアン・チャンさん テイスティング会シリーズ ―
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小諸蒸留所のイアン・チャンさんを迎えたテイスティング会にて。 Bar Little Happiness/谷本美香