「経験はなくてもいい」──カバランから日本へ、イアン・チャンさんのパッション(第4話・最終話)
2026.8.18
「経験はなくてもいい。いちばん大事なのは、パッションです」
イアンさんは、まっすぐな目で、そう言い切りました。
第2話と第3話では、小諸蒸留所(KOMORO DISTILLERY)のウイスキーそのものを。
そして最終話(第4話)の今回は、それらすべてを生み出す「人」――イアン・チャンさんの歩みと、その哲学に迫ります。

(2026年6月カバラン蒸溜所訪問時撮影)
カバランから、日本へ
イアンさんがカバラン蒸留所に加わったのは、2005年、その創業のときから。
やがてカバランは、「世界最高のシングルモルト」に選ばれ、世界の頂点へ。
そして2020年にカバランを離れ、小諸蒸留所(KDI)の島岡社長と出会って、日本へ。
「日本は、暮らすにも、ウイスキーを造るにも、最も洗練された国のひとつ」
イアンさんがカバランで歩んだ日々や、日本へ渡るまでの物語は、こちらの記事で詳しくお話ししています。
いちばん大事なのは、パッション
イアンさんの隣には、若いブレンダーが2人、お越しでした。
驚いたのは、2人とも、他の蒸留所からの引き抜きではなく、新卒だということ。
そのうちの一人が、澁谷さんです。

なんと、博士号を持っているのだそうです。
博士号は、そう簡単に取れるものではありません。
何年もかけて研究に向き合い、論文を書き、専門家の厳しい審査をくぐり抜けて、ようやく授けられる称号です。
物事を根っこから考え抜く力を、とことん鍛えた人。
その澁谷さんが、ウイスキーとはまったく違う世界から、ゼロで、この道に飛び込んできた。
「経験がないからこそ、パッションが大事なんです」
イアンさんは、他の造り手からスタッフを引き抜くことをしません。
ゼロから始める新卒を、自分の手で育てる。
ちなみにイアンさん自身も、未経験からジム・スワン博士のもとで学び、カバランを世界一まで押し上げた人です。
小諸の冬は、マイナス10度になります。
その寒さのなか、朝4時に起きて、蒸留所へ向かう。
それができるのは、パッションがあるからだ、と。
では、面接で、そのパッションをどう見抜くのか。
イアンさんの答えは、シンプルでした。
「第六感(シックスセンス)ですよ」
人と話すと、その人がどんな人柄か、直感が教えてくれる。
そして今のところ、その直感は、一度も外れたことがないのだそうです。
その話をしながら、若い2人に向けるイアンさんの目が、とてもあたたかかったのが印象的でした。

そして、この夜、イアンさんの言葉を訳してくれていたのも、イアンさんが選んだ澁谷さんでした。
論文などで英語を読み書きしてきたそうですが、話すほうの英語は、小諸蒸留所に入ってから。
それでも、イアンさんのいちばん近くにいるからこそ、 ただ言葉を置き換えるのではなく、イアンさんの意図や、その言葉の背景にある気持ちまで汲み取って、 足りないところを補いながら、訳してくれていました。
この夜のあと、私にはどうしても叶えたい願いがありました。
私のもう一つの推し、桜尾蒸溜所との交流会です。
無理なお願いだと、自分でも分かっていました。
それでも澁谷さんは、一度も面倒がらず、いつも丁寧に、そして正直に応えてくれました。
できることは「やってみます」と引き受け、難しいことは、その理由まできちんと添えて。 相手を尊重した言葉を選んで、何度も往復したやりとりの、その一通一通に、誠実さがにじんでいました。
そうして澁谷さんは、タイトなスケジュールを調整して、あの交流会を、実現へと導いてくれたのです。

これだけのエリートでありながら、どこまでも腰が低く、まっすぐで、あたたかい。 そういう人でした。
イアンさんは、スタッフを「シックスセンスで選ぶ」と言っていました。
きっと、イアンさんと澁谷さんは、どこかで深く共鳴したのだと思います。
30年先の種を、まく
小諸蒸留所は、30年先を見据えたプロジェクトなのだそうです。
ウイスキーづくりは、木を育てるようなもの。
今日まいた種が育ちきる姿を、自分の世代では見られないかもしれない。
それでも、まく。 知っていることを次の世代へ、その世代がまた次へと、受け継いでいく。

「小諸は、私たちのトップガン・スクールなんです」
イアンさんは、そう言って笑いました。
ここでオペレーターやブレンダーを育て、 彼らがやがて、新しい蒸留所で教える側になっていく。
すでに北海道・富良野では、小諸蒸留所とはまた違うスタイルを目指した、2つ目の蒸留所が動き始めています。
ポットスチルは、8基。 一つの蒸留所から、3つの異なるスタイルを生み出す構想だといいます。
小諸だけにとどまらない、小諸蒸留所とKDIの壮大な構想については、こちらの記事で掘り下げています。
→ 小諸蒸留所とKDIの野望──島岡社長、そして富良野プロジェクト
日本のウイスキーを、内側から
イアンさんは、こう言いました。
「私たちは、ジャパニーズ・シングルモルトを造っている。 この業界の一員として、仲間をつくっていきたいんです」
台湾から来た自分だからこそ、日本のウイスキー業界の一部になることを、とても大切にしている、と。
ほかの蒸留所と関係を深め、語り合い、刺激を交わしながら、この業界に貢献していきたい。
台湾から来たイアンさんが、日本のウイスキーを、よそ者としてではなく、その一員として、本気で造ろうとしている。
その言葉は、イアンさんの生き方そのものだったのだと思います。
一生の、宝物
ご縁から始まった、この夜。
桃のように香るニューメイク、50年の水、クリスマスのピート。
そして、その一杯を生み出す「パッション」。
世界一のウイスキーを造った人が、 リトハピのカウンターで、一杯ずつ、自分の言葉で語ってくれました。
来てくださったお客様も、みんな、イアンさんの人柄に、すっかり心を奪われていました。
私は、心を激しく揺さぶられまくった、とても特別な時間でした。

世界的なレジェンド造り手なのに、誰に対しても、敬意を崩さない。
自分がすごいだけで終わらせず、後進を育て、未来に貢献しようとすること。
その全部が、どうしようもなく、かっこよかった。
ウイスキーのことだけでなく、その生き方を、学ばせてもらいました。
造り手の在りようは、必ずそのままウイスキーの中に映ります。
小諸蒸留所のウイスキーは、調和した、美しいものになる。 私は、そう確信しています。

リトハピは、7月で創業20年でした。
辛いことも、悔しいことも、たくさんありました。
何度も、投げ出したくなりました。
でも、続けてきてよかった!!
まさか、こんなに素敵な夜が、自分の人生に起きるなんて……😭!!
この想い出だけで、あと30年、頑張れます!!
出逢いは必然
台湾でカバランを世界の頂点へ導いたイアンさんが、海を越えて、日本の小諸蒸留所へ。
その地には、50年かけて湧く水が、待っていました。
イアンさんという大きな引力に、いろんなものが、吸い寄せられていく。
まったく新しい世界へ飛び込んだ、澁谷さん。
そして、小諸へと引き寄せられていった、私。
そんな流れの片隅で、ちっぽけな私のブログを、イアンさんが見つけてくれました。
そして、広島のこんな小さなバーに、あの夜が生まれたのです。

ひとつひとつは偶然のように見えて、振り返れば、すべては、ひとつの引力が結んだ必然だったように思います。
あの夜、このカウンターに座ってくれたお客様。
そして、このブログを、最後まで読んでくれている、あなた。

あなたも、もう、この物語の一部です。
それは、偶然に見えて、きっとウイスキーが運んできてくれた必然……。
小諸蒸留所のファーストリリースは、2026年11月。
そのときはまた、グラスを傾けながら、この長い物語の続きを、ご一緒しましょう!

イアンさん、そして小諸蒸留所の未来のブレンダー澁谷さん、森さん。
素敵な夜を、本当に、本当に、ありがとうございました。
造り手の想いを知ったとき、ウイスキーもラムももっと美味しくなる。
出逢いは必然。Rum&Whiskyの世界へ、ようこそ。
― 小諸蒸留所・イアン・チャンさん テイスティング会シリーズ ―
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小諸蒸留所のイアン・チャンさんを迎えたテイスティング会にて。 Bar Little Happiness/谷本美香
📍 Bar Little Happiness
広島市中区流川町5-14-1F
月〜土:19:00〜24:30 / 日:〜24:00
(最終入店・約1時間前)
定休日:ほぼ年中無休
ご予約・お問い合わせは、公式LINEから🥃
🔗 オンラインショップ:https://shop.little-happiness.jp/
この記事を書いた人
谷本 美香(Mika Tanimoto)
株式会社 Little.m 代表取締役 / オーナーバーテンダー
広島県広島市で20年続くRum&Whisky専門店「Bar Little Happiness(リトルハピネス)」店主。2006年の創業以来、ウイスキーとラムの感動を伝える専門家として活動しています。
世界中の蒸溜所を自ら訪問し、造り手と直接対話した一次情報を持つ、現場主義のバーテンダー。バックバーには1,000本を超える希少なレア銘柄から、地元広島の「桜尾」まで幅広く取り揃えています。