井川蒸溜所と十山|南アルプスで「水と生きる」ウイスキー
2026.6.11
「なぜ、こんな山奥でウイスキーを?」
湧き出したばかりの水を、手のひらですくって飲みました。
冷たくて、澄んでいて、雑味がまるでない。

蒸溜所にたどり着くまで、なんと車で4時間。
その長い道のりのあいだ、案内してくださった平井さんは、ずっとこの山の話をしてくださいました。

目の前の大きな崩落──「赤崩れ」。
落差は、およそ1,000メートル。
なんと、ディズニーランドがまるごと入ってしまうほどの大きさ。
しかも、見えているのは、ほんの一部なのだそうです。
この南アルプスは、はるか昔は海の底で、100万年ほど前に伊豆半島がぶつかってせり上がった山だといいます。
いまも年に数ミリずつ、背を伸ばし続けている。

足元の赤い石は、かつて海にいた生きものたちの名残。
崩れながら、隆起しながら、この山は、いまも動き続けています。
荒れた斜面には、「パイオニアツリー」が、まっさきに根を張る。

そうやって少しずつ土ができ、やがて森になっていく。
そんな話を聞きながら登るうちに、最初に抱いていた問いが、ゆっくりと形を変えていきました。
「なぜ、こんな山奥でウイスキーを?」
その問いは、着く頃には、こうなっていました。
「この山だからこそ、ウイスキーなんだ」と。
「半世紀、この山の生かし方が分からなかった」
井川蒸溜所を営むのは、十山という会社です。
ルーツは、林業にあります。
やがて水力事業を手がけ、製紙会社になりました。
南アルプスに、3,000メートル級の山をいくつも抱える、広大な社有地。
けれど、この貴重な自然を、どうすれば持続的に守り、生かしていけるのか…
その答えが、半世紀ものあいだ、見つからなかったというのです。
「半世紀以上、この山の生かし方が、分からなかったんです」
受け継いだものが、あまりに大きい。
守らなければならないのは分かっている。
けれど、ただ守るだけでは、人の暮らしは続いていかない。
水を売ろうとした時期もあったそうです。
けれど、ただの水では、なかなか価値が伝わらない。
その長い問いの果てに、たどり着いた答えが、ウイスキーでした。
この土地を、まるごと瓶に詰める
ウイスキーを造ると決めたとき、それまでバラバラだったものが、一本の線でつながっていきます。
水。
蒸溜所のある一帯は、大井川のいちばん上流。
135年以上も前から人が暮らしてきた土地です。
理由は、水がいいから。
かつてここには、わさび田がありました。

わさびは、きれいな水でしか育ちません。
蒸溜所をつくる前、山域を何十か所も調査したけれど、ここだけは金属分が出なかった。
だから仕込み水は、ほとんど手を加えず、保健所の基準のために紫外線を当てるだけで使っているそうです。
私が道中で飲んだ、あの澄んだ一杯。
あれが、そのまま仕込み水になります。
木。
ウイスキーには樽が要ります。
普通、ミズナラは建材として切られてしまいますが、この山域では切られずに残ってきました。
林業で杉を運ぶとき、川に流す。
ところがミズナラは比重が重く、沈んでしまうので、流せなかったのです。
その歴史のおかげで、いま、自社の森のミズナラで樽を造ることができます。

標高。
蒸溜所は標高1,200メートルほどの高地にあります。
西から雲がぶつかり、雨の多い、冷涼で湿潤な環境。
熟成の場所として、ほかにない個性が生まれます。

この土地の水で仕込み、この土地の木の樽に詰め、この土地で眠らせる。
テロワールを、まるごと瓶に閉じ込める。
「これなら、できる」。
そうして、ウイスキーづくりが始まりました。
水は、めぐる。ダムと、これからの私たち
井川蒸溜所に行く道中、ダムを何個も通りました。
日本中のダムの多くは、70〜80年前の「ダムラッシュ」でつくられたものだといいます。

けれどダムは、再生可能な施設ではありません。
上流から流れてくる土砂で、少しずつ埋まっていく。
すくおうとしても、耳かきで土砂をさらうようなもの。
子や、孫の、そのまた次の世代には、ダムが寿命を迎える時代が来る。
そう、平井さんは話してくれました。
このダムのおかげで、暮らしの水を使い、工業の水を得ています。
森が、数千年もの時間をかけてつくった水を、ダムが下流の人たちのもとへ届けている。
その水はやがて海へ出て、海の栄養になり、漁業を支え、雨雲になって、また山へ還ってくる。
ちなみに、この水が流れ込む大井川は、リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事をめぐっても、流量への影響が長く議論されてきた、まさにその川です。
「水と、向き合ってもらいたいんです」
平井さんの、この言葉。
こんな山奥でウイスキーを造る理由のひとつは、この水の巡りを、知ってもらうきっかけにしたいから。
一杯のウイスキーが、森や、ダムや、海や、私たちの暮らしと、全部繋がっている。
それを伝えたいのだ、と。
蛇口をひねれば当たり前に出てくる水が、永遠ではないこと。
この国が、これから自然とどう向き合っていくのか。
山の上で、問いを手渡された気がしました。
触らない森と、舞茸と
十山の森づくりは、「触らない」ことが基本だそうです。
一度手を入れると、ずっと手を入れ続けなければ、森そのものの地力が落ちていく。
だから、元気な木はわざわざ切らない。
樽になるミズナラも、量産はできません。
倒れて出てきた木だけを使う。
一本一本が、長い時間そのものです。
ちなみに、ミズナラの木には舞茸ができるそうで、「マイ舞茸」を育てている方もいるのだとか。
山の恵みが、暮らしのすぐ隣にありました。
この蒸溜所が受けている賞の多くが、環境分野のものだという話にも、深く頷きました。
森のなかで、人と自然が共生する一つのかたち。
それが、ここのウイスキー。
人と自然が共生する
そのことを、誰よりも体現していたのが、ここまでずっと隣で山を語ってくれた、平井さんでした。
いただいた名刺に、「静岡大学 客員教授」とありました。
思わず「すごい! ご専攻は何ですか?」と尋ねると、返ってきた答えに、私は唸ってしまいました。
蒸溜所の建設計画から、5年。
この土地のことを、誰よりも深く知るようになった。
その姿に、大学のほうから声がかかったのだといいます。
机の上で学んだ専門ではなく、この山と、この地域を、まるごと知り尽くしたことが、客員教授という肩書きになった。
だからなのだと、腑に落ちました。
4時間、途切れることなく続いた、あの山の話の深さ。
そして、この土地のコミュニティそのものに溶け込んでいました。
山を知る人が語るウイスキーには、奥行きがありました。
…..
立ち上げのとき、ホームページに一週間だけ求人を出したら、十数人もの応募があったそうです。
こんな山奥の挑戦に、それだけの人が手を挙げた。
その事実にも、この場所の引力を感じました。
もうひとつ、こんな小話も。
社長は、就任した年の8月7日に、必ずこの山に登らなければならない、というルールがあるのだとか。
山と共にある会社の、「らしさ」が滲みます。
蒸溜所を後にすると、4時間の道のりが、もう短く感じました。
行きに何個も通り過ぎたダム。
あの澄んだ仕込み水。
崩れながら、隆起しながら、いまも動き続ける山。
そのすべてが、一本のウイスキーに流れ込んでいます。
なぜ、紙の会社が、山の上でウイスキーを造るのか。
それはきっと、この山と、この水と、その水がうるおす地域の暮らしを、次の世代へ手渡すためです。
私たちが毎日、何気なく口にする水にも、源があり、森があり、気の遠くなるような時間があります。
一杯のウイスキーが、そのことを思い出すきっかけになるのなら…..
こんなに豊かな飲みものはないと、私は感じました。
次回予告
次回は、この「日本でいちばんの僻地にあるであろう蒸溜所」まで、私が実際に辿った道のりと、製造の工程、そしてハンドフィルの様子を、写真とともにお届けします。
ちなみにここを訪ねられるのは、4月から11月ごろまで。
バー関係者でも、月に4回ほどしか案内していません。
天候によっては、途中で引き返すことになる日も、少なくないそうです。
しかも、途中からは私有地。
自家用車では入れません。遭難するので、突然訪ねることはお避けください。
気軽に立ち寄れる場所ではないからこそ──次回、その道のりの全部を、お見せします。
出逢いは必然。Rum&Whiskyの世界へようこそ。
「ウイスキーもラム酒も、造り手の想いに触れた時、もっと美味しくなる。」
📍 Bar Little Happiness
広島市中区流川町5-14-1F
月〜土:19:00〜24:30 / 日:〜24:00
(最終入店・約1時間前)
定休日:ほぼ年中無休
Definitely very recommended, I hope to be able to come back here in a future Japan trip! Thank you so much, cheers from Italy!