高藏蒸留所|ウイスキー事業を率いる次男と、3倍の酵母を入れられる理由
2026.8.25
ニューボーン、という言葉があります。
シングルモルトを名乗るには3年かかります。
その3年を待つ前に世に問うたウイスキーにつけられた名前です。
「肥土さんが最初に名前をつけたと聞いています」
高藏蒸留所を立ち上げ、いまウイスキー事業を率いている加藤喬大さんは、そう話してくださいました。
イチローズモルトの、肥土伊知郎さんのことです。
高藏蒸留所 前編|60年ぶりの復活と、イチローズモルト誕生前夜の一本の電話
「うちもニューボーンってつけようかと思ったんですが、ニューボーンじゃないなと思って。60年前にここでやってたわけだから」
だから、REBORN。
新しく生まれるのではなく、もう一度生まれる。
蒸留所のテーマになっているこの言葉の背景に、肥土伊知郎さんの存在があったことを、私はこの日まで知りませんでした。
2020年、次男が帰ってきた
加藤喬大さんは、博報堂にいました。
2020年、コロナ禍を機に、家業へ戻ります。
飲食も、酒類も、業界全体が止まった年です。
次男であれば、戻らない道も、あったはずです。
それでも、帰ってきた。
どうして戻ろうと思ったんですか、と私が聞いたら、
「僕が守りたいと思って」と教えてくださいました。
一族のアイデンティティ。
その名前を信じて働いている、従業員とその家族。 地域。関連会社。
戻ってから数年、喬大さんは自分の会社が何者なのかを考えたそうです。
なぜこの会社は、いまも残っているのか。 なぜ、社会に必要とされているのか。

「すごく、自分の中で問うた瞬間があって」
そんな中で、古い書類が出てきます。
昔、税務署へ提出した資料。 曾祖父が代表だった時代のものです。
そこに「ミトカウヰスキー」の名前が入っていた。
「それを見ながら、復活させるっていうことに、自分がやりがいを感じたっていうのが大きいかなと思います」
そして、その「守りたいもの」が、そのままウイスキーの中身になっています。
60年、この会社が絶やさなかった酵母の技術。
日本酒も焼酎もジンも造ってきた職人の手。
水戸の梅と、茨城の麦。
そして、「高藏」という曾祖父の名前と、一族のアイデンティティ。
「守りたいと思った」、と言ったその横顔。
それは背負うものというより、たぶん、もう自分の一部なのだと思います。
宿命とでもいうのでしょうか。
それを引き受けた人の顔でした。
なぜ、蒸留所を回ったのか
蒸留所を回ったのは、免許を取ると決めてからですか。
そう聞いたら、こう返ってきました。
「並行ですね」
決めながら、同時に回っていた。
三郎丸へ行き、嘉之助へ行き、津貫へ行き、笹の川酒造に通った。
「尊敬する経営者が、ウイスキーの世界にすごく多くて」
志の高い人が多かった。 新しいことが好きな人が集まっていた。
その輪の中に入ってやりたい、と思ったそうです。
これは、すごく分かります。
私も同じで、ウイスキーに関わる人には、素敵な人が本当に多い。
一緒にいると、こちらがパワーをもらいます。
だから私も、ずっと蒸留所に旅を続けて、感動をもらっているんだと思います。
作る前に、どう伝わるかを考える
博報堂での6年間はナショナルブランドを担当。
新商品が出るたびに開発部から説明を受け、それをどう生活者に伝えれば売れるのかを設計する。
テレビCMを打ち、Web広告を出し、売上がどう動いたかを検証する。
そのトライアンドエラーの繰り返しでした。
「物を作る前に、常にお客様にどう受けるかを考えてから作るんです」
家業に戻って最初に手をつけたのは、消毒液でした。
明利酒類は、高濃度アルコールを自社で持っています。 それを転用しました。
次にやったのが、Vtuberとのコラボレーションです。

(HPから拝借)
内容は伏せますが、酒蔵でこれをやっているところは、ほとんどありません。
そして、ほぼ直販で売れ、ファンを獲得しています。
独自性
設備投資は、あえて絞られています。
発酵槽は日本酒で使っていたものを転用。
蒸留器も新造せず、焼酎とジンの蒸留器を利活用しました。
そこへ粉砕機、マッシュタン、発酵槽を加えてスタートしています。

「自分たちがあるものを使って、ミニマムな投資で」
そのぶん、他にないものを用意していました。
プラムワイン樽
きっかけは、三郎丸蒸留所の稲垣社長の一言でした。
明利酒類を訪れた稲垣社長が、梅酒のタンクを見て言ったそうです。
「水戸といえば梅酒。百年梅酒を持っていて羨ましいよ。梅酒の樽、面白いと思うよ」
そこから設計が始まります。
まず百年梅酒のウイスキー樽熟成という商品を作り、バーへの販路を築く。
そしてその空き樽を、ウイスキー造りに使う。
酵母
240社に酵母を供給している明利酒類には、マイナス81度の冷凍庫と培養設備があります。
2022年の免許取得の頃から、ウイスキー用の酵母開発が始まりました。
自社のもろみから100種類以上のサンプルを採取。
培養し、選抜試験を繰り返す。
評価は、成分を数値化する分析機器と、人間の官能の両方で行われました。
そうして見つかったのが、ウイスキー酵母とエール酵母の中間にあたる性質を持つ酵母です。
「高藏水戸酵母」と名付けられました。
2026年1月から、実際の仕込みに使われています。
3倍の酵母を入れられる理由
高藏蒸留所は、一般的な蒸留所の3倍の酵母量、2倍程度の発酵期間を設定しています。
酵母は、本来とても高いものなのだそうです。
3倍も入れれば、採算が合わなくなる。
だから普通は、入れたくても入れられません。
けれど明利酒類は、酵母を自分で開発して、自分で培養できます。
240社に酵母を供給してきた設備と技術が、そのまま使えます。
しかも、自分たちの狙い通りに設計した酵母を。
60年絶やさなかった技術は、いちばん効くところで効きました。
茨城県産の麦芽
サントリー系のモルティング会社に携わっていた若い起業家が、茨城で製麦工場を作りたいと動いていました。
喬大さんはその方と出会い、パートナーとなっています。
「地元でサントリーに勤めてた人がモルティング会社を作って、その会社に自分も関われる。最高の経験じゃないですか」
工場は2026年から稼働。
現在は年間のうち1ヶ月分が茨城県産麦芽での仕込みです。
将来的には、全量を茨城県産にしたいと話されていました。
蒸留所から半径数十キロの原料で造る。 「ローカルバレー構想」。
父は、躊躇した
話は戻りますが、蒸留所を始めると言ったとき、父はどう思ったのか。
「ちょっとタイミングが遅いかな、と」
すでに消毒液に投資したあとでした。
そこへウイスキーは、さらにお金がかかると思うのが普通です。
「勝算があるかどうか・・・」
躊躇したとおっしゃっていました。
しかし、その時点で、喬大さんは、消毒液、Vtuberとのコラボレーションで積み上げてきた実績がありました。
OKを出した時はどのようなお気持ちだったのですか、とお父様にお聞きしたら、
「歴史的に、前にウイスキーをやっていたから、それを復活させるというのは、すごく良いこと。それに高藏ブランドだからね」と。
昔やっていたこと。
それを復活させること。
そして、高藏という名前。
「高藏」は、曾祖父の名前です。
そして、いまそう言った、お父様ご自身の名前でもあります。

蒸留所を立ち上げた人
蒸留所を技術面で支えたのが、鬼澤さんです。
焼酎もジンも、新しい事業が立ち上がるときはいつもこの方が動いてきました。
設備の設計は、ほぼすべて鬼澤さんが担っています。
もともとあったジンの蒸留器に、ウイスキーの製造設備をどう収めるか。 その図面を引いたのもこの方です。
「ものすごく知識がある方で」
喬大さんは、そうおっしゃいました。
二人は、一緒に全国の蒸留所を回っています。
運転しながら、ずっと話をした。
「本当に、燃えてくれて」
きっとその道中で、絆が深まったのだと思います。
今回、鬼澤さんにお会いすることは叶いませんでした。
いつか鬼澤さんのお話も聞いてみたい!!
蒸留所を歩く
今回、案内してくれたのは、遠藤さんでした。
東京農業大学の醸造学科を出て、水戸に移住してきた方です。

今はジンと焼酎も含めた現場のリーダーを務めています。
蒸留器は、ステンレス製です。
もともとあった焼酎とジンの設備を、そのまま使っています。
けれど、再留器のネックを見て驚きました。
銅が入っているんです。
蓮根のような形をした、銅のパーツ。
小さな穴が開いていて、蒸気がすべてその穴を通っていきます。
見た目以上に表面積が大きく、硫黄化合物などを吸着してくれる。
これを3ヶ月に1回、交換しているそうです。
ちょうど夏のメンテナンス期間中で、翌日に新しいものへ入れ替える予定だと聞きました。

正直に書くと、製造の細かいところまでは聞き取れませんでした。
私の知識が足りないぶん、深く踏み込めなかった。
それでも、ひとつだけはっきり分かったことがあります。
ここでは、現場のレベルで試行錯誤が続いています。
一年もののプラムワインカスク
いただいたのは、1年熟成のプラムワインカスクです。
開けた瞬間、梅の香りが立ちました。
50度あるとは思えない。 柔らかくて、甘い。
正直、1年ものだとは思えませんでした。
200mlで約6,000本。 ほぼ完売だそうです。

(秘密のものを加工で消しているため、若干背景が歪んでいます)
待てる会社であること
ウイスキーには、時間がかかります。
仕込んで、樽に入れて、そこから何年も待つ。
その間ずっと、会社が回っていなければなりません。
敷地を歩いて、規模に驚きました。
日本酒の大きなプラント工場があり、そこからスペインへも出荷されています。
扱う品目は、600種類。
長い時間をかけて築いてきた取引先が、この数字の向こうにあります。
そして今年、瓶詰めラインを新しくされていました。
金額は伏せますが、驚くような投資です。
洗って、詰めて、栓をして、ラベルを貼って、箱に入れて、積むところまで全自動。
「人は見てるだけ」
私はいろいろな蒸溜所や蔵を見てきましたが、ここまでのラインは、超大手以外で初めて見ました。

古くからの取引先と、消毒液やVtuberのような新しい取り組み。
その両方でキャッシュを作って、次の投資に回していく。
喬大さんがやってきたのは、そこです。
熟成は、樽の外でも進んでいます。
より良いウイスキーにするために、設備を入れ替え、酵母を開発し、人を迎える。
その投資活動自体も、熟成の一部だと私は思います。
誰が造っているのか
お酒は嗜好品です。
全員が美味しいと言うものも、全員が不味いと言うものも、たぶんこの世にありません。
だから私が知りたいのは、いつも別のことです。
誰が造っているのか。 その人は、何を思ってここにいるのか。
加藤喬大さんがウイスキーを選んだ理由は、
「尊敬する経営者が、ウイスキーの世界にすごく多くてその輪の中に入りたかった」というものでした。
私は、この人が造るものを飲んでみたいと思いました。

高藏蒸留所は、2022年に動き出しました。
シングルモルトを名乗れる3年が、もうすぐ経ちます。
ファーストウイスキーまで、あと少し。
リトハピのカウンターに並べる日が待ち遠しい!!
「ウイスキーもラムも、造り手の想いに触れたとき、もっと美味しくなる」
出逢いは必然。Rum&Whiskyの世界へようこそ。
📍 Bar Little Happiness
広島市中区流川町5-14-1F
月〜土:19:00〜24:30 / 日:〜24:00(最終入店・約1時間前)
定休日:ほぼ年中無休
ご予約・お問い合わせは、公式LINEから🥃
この記事を書いた人
谷本 美香(Mika Tanimoto)/株式会社 Little.m 代表取締役・オーナーバーテンダー
広島県広島市で20年続くRum&Whisky専門店「Bar Little Happiness」店主。
2006年の創業以来、ウイスキーとラムの感動を伝える専門家として活動しています。
世界中の蒸留所を自ら訪問し、造り手と直接対話した一次情報を持つ、現場主義のバーテンダー。