宮城峡蒸溜所レポート① 「今ここに竹鶴さんがいたら」──桜咲く蒸溜所で感じた「完成形」
2026.4.15
Bar Little Happiness(広島・流川)・谷本美香コラム
四月の宮城峡蒸溜所は、桜が咲いていました。
敷地に入った瞬間、空が広い、と思いました。
電線が一本もない空です。
山が見えて、レンガの建物があって、桜が散っていて。


「ここは日本じゃないみたいだ」と思ったのに、どこか懐かしい。
不思議な場所でした。
ガイドの坂本さんが歩きながら話してくれました。
「竹鶴さんはこのメインストリートの奥に、ゴリラの頭の形をした鎌倉山が見えるように設計しているんです」と。
見ると、確かに山がどっしりと構えています。

借景、という言葉をはじめてリアルに感じた瞬間でした。
この蒸溜所は、東京ドーム四つ分の広さがあります。
その全てに電線が通っていない。
樹木は必要以上に伐採しない。
建物は自然の起伏に沿って建てる。
赤いレンガは周りの緑に映えるように。
竹鶴政孝さんが工場建設にあたって出した四つの指示が、今もそのまま残っています。

これ、普通じゃないです。
効率を考えたら、地面を平らにして電線を張るのが正解です。
でも政孝さんはそうしなかった。
「ウイスキーは人間が造るものではない。自然が育むものだ」という信念を、建物の設計にまで貫いた人でした。
ガイドさんが言っていた言葉が刺さりました。
「ここに一歩足を踏み入れた瞬間から、見えていないものがあるので景色がいいという錯覚に陥っているんです」と。
錯覚、じゃないと思う。これは意図された美しさです。
ツアーを歩きながら、私はずっと考えていました。
政孝さんがここに初めて来たのは、1960年代のことです。
体はボロボロだったと言われています。
一日にウイスキーを一本空けるほど飲み続けた人。
歩くことさえままならない状態で、それでも新川の河原に降りていって、ポケットのブラックニッカで水割りを作って、一口飲んだ。
「実に素晴らしい水だ。ここに決めたぞ」。
竹鶴さんが、今ここに立ったら。
桜が散っていて、平日なのにたくさんのお客さんが来ていて、坂本さんが楽しそうにガイドをしている。
坂本さん、実は元消防官で大阪から移住してきた方で、定年後に「どこかへ消えよう」と思ってここに辿り着いたんだそうです。
ニッカのエンブレムに刻まれた山中鹿之助と自分のルーツが繋がっていると知って、全身に鳥肌が立ったと言っていました。
一つの蒸溜所が、こんなにも人を引き寄せる。
政孝さんが一口の水に賭けた場所が、何十年も後に、見知らぬ人たちの「来てよかった」になっている。
キルン塔の前で写真を撮っているご夫婦がいました。
熱心にメモを取っている若い男性がいました。
ウイスキーキャットのような猫が気持ちよさそうに寝ている猫の花瓶。
それを綺麗に撮りたくて何枚も撮ってる私がいます。

今ここに政孝さんがいたら、なんて言うだろう、と思いました。
きっとまた大騒ぎすると思います。
「わしは知らなかったぞ、こんなことになっているとは!」って。
子供みたいに目を輝かせて、そしてたぶん、また一口飲む。
こんなにも世界中で愛されている自分が造ったウイスキーを💛
蒸溜所を歩いた数時間が、今も鮮やかに残っています。
政孝さんが「ここに決めたぞ」と言った瞬間から、この場所は動き続けています。
造り手から造り手へ、樽から樽へ、そして私たちのグラスへ。
その長い長いバトンの一端を、広島のカウンターで受け取っているのだと思うと、背筋が伸びます。
▶️次回は、この蒸溜所の名前にまつわる、ありえない偶然の話!!
※この記事は、実際に宮城峡蒸溜所を訪問した際に見聞きしたことと、元々知っていたこと、新たに調べたことをもとに構成しています。一部、谷本美香の個人的な見解が含まれます。
出逢いは必然。Rum&Whiskyの世界へようこそ。
「ウイスキーもラムも、作り手の想いに触れたとき、もっと美味しくなる」
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【この記事を書いた人】
谷本 美香(Mika Tanimoto)
株式会社Little.m 代表取締役/オーナーバーテンダー
広島・流川で2006年からウイスキーとラムの専門店「Bar Little Happiness」を営む。国内外の蒸溜所を訪ね、造り手の話をコラム「ウイスキーとラムの手帖」に綴っている。広島市優良技能者。
「ウイスキーもラムも、造り手の想いに触れたとき、もっと美味しくなる」
【お店の情報】📍 Bar Little Happiness
広島市中区流川町5-14 Rolling流川 1F
月〜土 19:00〜24:30/日 19:00〜24:00(店主が蒸溜所へ旅に出る日はお休み)
ノーチャージ・予約不要
🛒 遠方の方はオンラインショップからもお求めいただけます。