ガイアフロー静岡蒸溜所 訪問記|薪直火のWと軽井沢のK
2026.11.05
ガイアフロー静岡蒸溜所|薪の炎と軽井沢の蒸留器
「派手な味わいよりも、もう一杯って思うような、飲み飽きないウイスキーができたら最高だなと思うんです」
樽の並ぶ熟成庫で、ガイアフロー静岡蒸溜所の中村大航社長が、そんなお話をしてくださいました。
ピートがツーンと来る。シェリーがドカンと来る。
特徴的な原酒をそれなりに使えば、そうした分かりやすい個性は比較的表現しやすい。でも、バランスで「もう一杯」と思わせるウイスキーは、簡単にはできないのだそうです。
静岡蒸溜所には、薪の直火で蒸留する「W」と、軽井沢蒸留所から受け継いだ「K」という、性格の違う2つの蒸留器があります。
それぞれから生まれる原酒は、驚くほど違う。
そんな蒸留所で中村さんが追いかけているのが、「飲み飽きない」という味わいです。
その奥にあるものを、私はもっと知りたくなりました。
2026年6月。製造免許取得10周年を目前にした静岡蒸溜所を訪ねました。
もう何度目の訪問でしょうか。

静岡蒸溜所が生まれる前から。中村大航さんとのご縁
私が中村さんと出逢ったのは、静岡蒸溜所ができる前のことです。
当時、中村さんはウイスキーのインポーターとして、アスタモリスやブラックアダーなどのボトラーズウイスキーを扱っていらっしゃいました。

アスタモリスのバートさんと一緒に広島へお越しいただき、牡蠣小屋へご案内したこともあります。
リトハピPB、アスタモリスのフェッターケアン10年 2010-2016 をお願いしたのも、中村さんでした。

あれから10年。20周年の最後の一本も、中村さんとのご縁から生まれました。
静岡蒸溜所が一般公開される前には、リトハピ(Bar Little Happiness)のスタッフやお客様と一緒に訪問させていただき、中村さん自ら案内してくださいました。

広島のリトハピのカウンターで、セミナーを開いてくださったこともあります。

楽しいときばかりではありませんでした。
私が倒れて入院したときには、こんな言葉をかけてくださいました。
「いつか必ずネタになるから、写真を撮っておくといい」
そのときの私には、管に繋がれてて、絶食絶飲。写真を撮る元気もありませんでした。
コロナ禍には、開校準備中だったウイスキースクールのモデルとして、リトハピの従業員さんを受け入れてくださったこともあります。
旅費をなんとか捻出して送り出した従業員さんが、帰ってきて「とても楽しかった」と話してくれた笑顔を、今も覚えています。
蒸留所ができる前も、できてからも。
こうしてご縁が続いていることが、とても嬉しいのです。
40代、異業種からの挑戦
中村さんは、おじいさまが興した精密部品の会社を継いだ、3代目の経営者でした。
ウイスキーを造ろうと決めたのは2012年。
スコットランドのアイラ島で訪ねたキルホーマン蒸留所が、そのきっかけになったそうです。
小さな蒸留所でも、世界中にウイスキーを届けることができる。
その可能性に心を動かされた中村さんは、自ら蒸留所を造ることを決意しました。
当時、すでに40代。
蒸留所づくりに向けて動く中で、ウイスキーの輸入・販売にも携わっていらっしゃいました。
ウイスキーは、蒸留してすぐに完成するお酒ではなく、何年もの熟成を待たなければなりません。
地元の税務署に計画を伝えに行ったとき、職員の方々は信じられないという顔をしていたそうです。
家業を背負う経営者が、40代から新たな世界に飛び込んだのです。
私は、こういうお話を聞くのが大好きです。
なぜ、その人は、それをやろうと思ったのか。
何を大切にして、何を選んできたのか。
出来上がったウイスキーの向こう側にある、造り手の人生に惹かれます。
造るところを、見せたい
静岡蒸溜所は、設計の段階から見学者の動線が組み込まれています。
製造の邪魔をせず、ウイスキーが造られる工程を歩いて見られるようになっているのです。
2階にはバーがあり、そこからポットスチルを眺めることもできます。

この発想は、台湾のカバラン蒸留所を訪ねたときに生まれたのだそうです。
今でこそ、見学そのものを楽しめる蒸留所が増えましたが、静岡蒸溜所が造られた当時、ここまで見学する人の体験を考えて設計された蒸留所は、まだ珍しかったと思います。
造り手の仕事を、見てもらう。
そのための場所が、最初から用意されているのです。
静岡の杉とオレゴンパイン。木桶を守る風
発酵室には、静岡県産の杉とオレゴンパインで造られた木桶が並んでいます。
窓の向こうには山の緑。

中村さんが説明してくださったのは、木桶の下の造りでした。
木桶は床から少し浮かせて設置され、床の端には空気を逃がすガラリがあります。
木製の発酵槽は、内側に水分をたっぷり含んでいても、外側の風通しが悪いと腐ってしまうことがあるのだそうです。
実際に、木桶が傷んで交換を余儀なくされた蒸留所もあると聞きました。

静岡では、木桶の下にも空気が流れるようにしています。
さらに送風機を使い、乾燥させる工夫もしていました。

木桶の管理には、こんな工夫も必要なのですね。
発酵中のもろみの香りも面白い。
中村さんの説明では、発酵初期には海苔や磯のような香りがあり、それがトロピカルフルーツへ、さらに少し味噌のような香りへと変化していくそうです。

同じ発酵室に並ぶ木桶の中で、発酵の進み具合によって香りが違う。
ウイスキーになる前の段階から、こんなに変化があるのですね。
薪をくべる、ポットスチル「W」
静岡蒸溜所の大きな特徴のひとつが、薪の直火で蒸留するポットスチル「W」です。

スコットランドのフォーサイス社に注文した蒸留器で、熱源には薪を使います。
現在のウイスキー蒸留では、蒸気による間接加熱が広く使われていますが、Wは釜の真下で直接薪を燃やす方式です。
メーカーからは当初、蒸気による加熱をすすめられたそうです。
直火にするには釜底の銅を厚くする必要があり、費用も手間もかかります。
それでも中村さんは、薪による直火蒸留を選びました。

燃やすのは、地域の間伐材です。
周辺は林業が盛んな土地で、丸太を蒸留所に運び込み、自分たちで割って使います。
ただ、薪として扱いやすい広葉樹とは違い、周辺で採れるのは杉や檜などの針葉樹。
前例がほとんどない中で、長さ、太さ、割り方、乾燥期間まで、ひとつずつ試してきたのだそうです。
針葉樹は燃え尽きるのも早く、蒸留中は1時間に3〜4回ほど薪を足します。
作業する方は、防炎服とヘルメット姿。

私も、Wの足元にしゃがんでみました。
通気口から中をのぞくと、ロストルと呼ばれる網の上で、薪が燃えています。

この炎で、本当にウイスキーを造っているんだ。
当たり前のことなのに、実際に見ると、なんだか感動してしまいます。
蒸留を始めた頃は、煙が建物の中に充満し、一日の終わりには咳き込むほどだったといいます。
今では煙を集めて外へ逃がす設備が整えられています。
コンデンサーが傷めば、仕様を変えずに作り直す。
理想のニューポットにたどり着くまでにも、何年もの試行錯誤がありました。
「たくさん失敗してるんですよ」
中村さんは、そんなお話もしてくださいました。
木桶の通気性も、薪の割り方も、煙を逃がす仕組みも。
完成した設備を見ているだけでは分からないことが、次々と出てきます。
Wから生まれる原酒は、重厚で余韻が長い。
あの炎の向こうに、そんな原酒が生まれているのです。
軽井沢から来た、ポットスチル「K」
もうひとつの初留釜「K」には、まったく違う物語があります。
かつて世界中のウイスキーファンを魅了した軽井沢蒸留所。
その製造設備が2015年に競売にかけられ、中村さんが落札しました。
4基あったポットスチルのうち、最も状態の良い部品を集めて1基を組み直し、静岡で再び使えるようにしたのがKです。

Wが薪の直火なのに対し、Kは蒸気による間接加熱。
釜が小さいため、1回の仕込み分を2日に分けて蒸留します。
生まれる原酒は、Wとは対照的にフルーティーで軽やか。
同じ麦芽やもろみを使っても、蒸留器によって原酒の性格が大きく変わるのだそうです。
軽井沢から受け継がれたのは、麦芽を砕く赤い粉砕機も、そのひとつです。


見学中、機械に付けられた銘板に「NOV 89」の文字を見つけました。

1989年11月。
思わず見入ってしまいました。
軽井沢で使われていた機械が、今は静岡で麦芽を砕いている。
世界中のウイスキーファンが憧れた蒸留所の設備が、別の土地で新しい原酒を生み出しています。
「もう一杯」を目指して
薪の直火で造る、重厚で余韻の長いW。
軽井沢から受け継いだ、フルーティーで軽やかなK。
静岡蒸溜所には、これほど性格の違う原酒があります。
中村さんが目指しているのは、「もう一杯」と思える、飲み飽きないウイスキー。
一方で、静岡蒸溜所には、普段の製品からは想像できないほど個性的な原酒も眠っています。
今回、熟成庫で、薪直火のWで造られた、驚くほどパワフルなピート原酒を味わわせていただきました。
「飲み飽きない」とは、まったく違う世界です。
それでも私は、その個性に強く惹かれました。
そして、この日の出逢いが、リトハピ20周年の最後の記念ボトリングへと繋がっていきます。
続く|https://little-happiness.jp/columns/shizuoka-20th-lito-story/
【この記事を書いた人】
谷本 美香(Mika Tanimoto)
株式会社Little.m 代表取締役/オーナーバーテンダー
広島・流川で2006年からウイスキーとラムの専門店「Bar Little Happiness」を営む。国内外の蒸溜所を訪ね、造り手の話をコラム「ウイスキーとラムの手帖」に綴っている。広島市優良技能者。
「ウイスキーもラムも、造り手の想いに触れたとき、もっと美味しくなる」
【お店の情報】📍 Bar Little Happiness
広島市中区流川町5-14 Rolling流川 1F
月〜土 19:00〜24:30/日 19:00〜24:00(店主が蒸溜所へ旅に出る日はお休み)
ノーチャージ・予約不要
🛒 遠方の方はオンラインショップからもお求めいただけます。