イチローズモルトの秩父蒸溜所、稼働2年目の原酒──「荒川 ARASIDE」という、知られざるシングルカスクの物語
2026.5.17
イチローズモルトの秩父蒸溜所、2010年の原酒🥃
知る人ぞ知る、衝撃のシングルカスクが、リトハピのカウンターにあります。
ボトル名は「荒川 ARASIDE」。
ご存じない方も、多いかもしれません。
それでも、ウイスキーファンの方には、この一言で伝わるはず──
「秩父蒸溜所が稼働してから、わずか2年目に蒸留された、シングルカスクのジャパニーズウイスキー」
そして、リトハピのバックバーには、その黒ラベル(304本限定)と白ラベル(100本限定)、2本ともが残っています🥃
これは、その物語です。
秩父蒸溜所と、イチローズモルトの始まり
「廃棄されるはずだった原酒」から始まった、ジャパニーズウイスキーの伝説
埼玉県秩父市にある「秩父蒸溜所」。
日本クラフトウイスキーの最高峰として、世界中のウイスキーコレクターから熱狂的な支持を集めている、あの蒸溜所です。
創業者は、肥土伊知郎(あくと いちろう)さん。
ご存じの通り、イチローズモルトの「イチロー」は、彼の名前から取られています。
肥土伊知郎の歴史を、時系列で
- 1965年:埼玉県秩父市生まれ。実家は江戸時代創業の造り酒屋「肥土本家」
- 東京農業大学:醸造学科を卒業後、サントリーに入社
- 29歳:父の要請でサントリーを退職、家業の造り酒屋へ
- 1980年代〜:家業の羽生蒸溜所で、ウイスキー造りを学ぶ
- 2000年:家業が経営破綻
- 2004年:他社への経営譲渡後、廃棄予定だったウイスキー原酒を、自ら買い受けて救出。ベンチャーウイスキー社を設立
- 2005年:ブランド「イチローズモルト」販売開始(救出した羽生原酒のボトリングから)
- 2006年:英『ウイスキーマガジン』ジャパニーズモルト特集でゴールドメダル受賞
- 2007年11月:秩父蒸溜所が完成
- 2008年2月:秩父蒸溜所、自社蒸留開始
- 2010年:← 「荒川 ARASIDE」の原酒、ここで蒸留
- 2012年2月:初の自社モルト「秩父 ザ・ファースト」リリース
- 2017年:ワールド・ウイスキー・アワード シングルカスクシングルモルト部門で世界最高賞
- 2024年3月:英『ウイスキーマガジン』Hall Of Fameに殿堂入り(日本人として5人目、最年少)
「2010年蒸留」が持つ、決定的な意味
ここで、注目していただきたいのが──
🥃 秩父蒸溜所が稼働を開始したのは、2008年2月
🥃 「荒川 ARASIDE」の原酒が蒸留されたのは、2010年
🥃 初の自社モルト「秩父 ザ・ファースト」のリリースは、2012年
つまり、「荒川 ARASIDE」の原酒は──
秩父蒸溜所が稼働してから、わずか2年目。
世界がまだ「イチローズモルト=自社蒸留」を知る前の、極めて初期の原酒
なのです🥃
肥土伊知郎の挑戦が始まった、その最初期の樽。
「荒川 ARASIDE」── ラベルが語る、稀有な経歴
ボトルのラベルには、こう書かれています。
KENTEN WHISKY
ARASIDE 荒川
JAPANESE SINGLE CASK WHISKY
PRODUCED IN 2010 CHICHIBU-SHI, JAPAN
MATURED IN EX-GLENROTHES CASKS

その物語を、ひとつずつ解きほぐすと──
🌳 ステップ1:2010年、秩父蒸溜所で蒸留
肥土伊知郎の手で、秩父蒸溜所稼働から2年目の貴重な原酒として、世に出された。
🚢 ステップ2:原酒輸出商社「堅展実業」が買い取り
その原酒を買い取ったのが、東京・千代田区に本社を構える堅展実業株式会社(Kenten Whisky Co., Ltd)。
1964年創業、食品原材料の輸入と酒類輸出を手がける貿易会社で、長年、国内の蒸溜所からウイスキー原酒を買い取り、海外市場へ輸出する事業を続けてきました。
「荒川 ARASIDE」は、その原酒輸出商社時代の堅展実業が、世界へ送り出したジャパニーズウイスキーなのです。
なお、堅展実業はその後、2016年10月に北海道厚岸町で自前の蒸溜所「厚岸蒸溜所」を稼働させ、現在では日本クラフトウイスキーを代表する蒸溜所の一つとして、世界的に高い評価を得ています。
「荒川 ARASIDE」は、その厚岸蒸溜所建設のおよそ6年前に蒸留された原酒から生まれた、堅展実業の事業転換期を象徴する一本でもあります🥃
「原酒を買うものから、自分で作るものへ」
そんな決意が、ボトルの背景に息づいています。
🌍 ステップ3:原酒は、スコットランドへ
買い取られた秩父原酒は、海を越えて、スコットランドへと送られました。
送られた先は──
スコットランド・アバディーンシャー州ハントリー(Huntly)の「ダンカンテイラー社」。
🎩 ダンカンテイラーとは
「Duncan Taylor Scotch Whisky Limited」は、
🥃 1938年5月27日、スコットランド・グラスゴーで創業(後にハントリーへ移転)
🥃 スコッチウイスキー業界における、最高峰のインディペンデント・ボトラー
🥃 個人所有としては世界最大級のスコッチ・カスクコレクション
🥃 多くは、現在では閉鎖されている伝説の蒸溜所の樽
🥃 ザ・レスト、ザ・オクタブ、ブラックブルなど、著名なボトラーズブランドを擁する
「ボトラー(独立系ボトリング会社)」とは、自社では蒸留せず、世界中の蒸溜所から原酒や熟成樽を買い取り、独自に熟成・ボトリングして世に送り出す専門業者のこと。
スコッチウイスキー業界には、ゴードン&マクファイル、ケイデンヘッド、シグナトリー、そしてダンカンテイラーといった、歴史ある独立系ボトラーが何社か存在し、いずれも世界中のウイスキー愛好家から熱狂的な支持を集めています。
そのなかでも、ダンカンテイラーは──スコッチ業界における生きた伝説のような存在です。
🛢️ ステップ4:グレンロセスの樽で熟成
スコットランド・スペイサイド地方の名門「グレンロセス蒸溜所」の樽で、秩父原酒が熟成。
🌏 ステップ5:香港経由で、世界へ
熟成・ボトリングされた「荒川 ARASIDE」は、香港のインポーターを経由して、世界の限られた市場へと流通しました。
つまり、
「秩父で生まれた原酒が、海を渡り、スコッチ業界最高峰のボトラーの手で磨かれ、再び世界へ──」
国境を越え、業界の最高峰のプレイヤーが交差した、極めて稀有なボトルです。
「ARASIDE」という名前の、美しい意味
「ARASIDE」── 一見すると、なんの意味かわからない、抽象的なネーミングです。
しかし、ボトルに書かれた漢字を見ると、すぐにその答えが見えてきます。
「荒川」
秩父蒸溜所は、埼玉県・荒川(あらかわ)の上流に位置しています。
つまり「ARASIDE」とは──
🥃 荒川(ARA)の、ほとり(SIDE)
肥土伊知郎の手によって、荒川のほとりで生まれた原酒が、スコットランドを巡って、再び日本へと帰ってきた。
ボトルの名前そのものに、秩父原酒の旅路が、刻まれています。
樽が宿してきた、稀少なシングルモルト
このボトルが、これほど稀有な理由のひとつは、樽そのものにあります🥃

白ラベルの裏ラベルには、こう書かれています。
“This stunning spirit distilled in Japan has been matured in ex Scotch Whisky Distillery casks selected by Duncan Taylor Scotch Whisky Ltd, arguably the world’s most premium Scotch Whisky merchant. The casks formerly held the rarest single malts from the best Scotch Whisky distillers.”
訳すと──
「日本で蒸留されたこの素晴らしいスピリッツは、世界で最もプレミアムなスコッチウイスキー商人と呼ばれるダンカンテイラー社が厳選した、ex-スコッチウイスキー蒸溜所の樽で熟成されました。その樽には、かつて最高のスコッチウイスキー蒸溜所のもっとも稀少なシングルモルトが入っていました」
ここで重要なのは、ダンカンテイラー社が「最も稀少なシングルモルトを宿していた樽」を、わざわざ厳選して使用しているという事実です。
つまり、この樽は──
🌳 長年、スコットランドの名門蒸溜所で、シングルモルトを宿してきた由緒ある樽
🌳 黒ラベルの場合は、1970年のグレンロセスの樽
🌳 そして最後に、日本の秩父原酒「荒川」を、その身に宿した
ひとつの樽が、スコットランドの長い熟成の時を経て、最後に日本の若いクラフトウイスキーを育てる。
そんな樽の物語が、ボトルの中に、息づいています。
特に黒ラベルに記された「EX-GLENROTHES 1970 CASK」という表記は、重みを持ちます。
「1970年」── これは、樽が少なくとも1970年から、グレンロゼスの熟成に使われてきたことを意味します。
🌳 1970年からの長い時間、グレンロセスのシングルモルトを宿し続けてきた樽
🌳 その樽が、2010年に、秩父蒸溜所の若い原酒を迎え入れた
40年以上、グレンロゼスを熟成し続けてきた樽が、最後に日本クラフトウイスキーの黎明期の原酒を育てた──。
樽そのものに宿る、スコットランドの時間と日本の若き挑戦が、ひとつのグラスの中で出会うのです。
黒と白──まったく別物のシングルカスク
驚くべきは、リトハピに残っているこの2本──黒ラベルと白ラベル──は、それぞれ違う樽から瓶詰めされた、別物のシングルカスクだということ。
🥃 黒ラベル(304本限定)
KENTEN WHISKY ARASIDE 荒川 JAPANESE SINGLE CASK WHISKY PRODUCED IN 2010 CHICHIBU-SHI, JAPAN MATURED IN EX-GLENROTHES 1970 CASK 750ml / 55% vol
特徴:
– 蒸留地:秩父市(CHICHIBU-SHI, JAPAN)と明記
– 熟成樽:1970年のグレンロセス樽(年号まで明記)
– 304本限定(うちの1本がリトハピに)
🥃 白ラベル(100本限定)
THE WHISKEY HOUSE WORLD EXCLUSIVE
ARASIDE 荒川
JAPANESE SINGLE CASK WHISKY
DISTILLED IN JAPAN
MATURED IN EX GLENROTHES CASKS
750ml / 55% vol
【裏ラベル】
Distillation date: April 2010
Bottled date: April 2018
Cask Type: Ex Bourbon American Oak
Cask Number: 4
No. of bottles: 1 of 100
特徴:
– 「THE WHISKEY HOUSE WORLD EXCLUSIVE」と冠されている
– 蒸留日:2010年4月
– ボトル日:2018年4月(8年熟成)
– 樽番号:Cask #4
– 100本限定(うちの1本がリトハピへ)
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白ラベル:「世界の空港免税店」のために生まれた100本
白ラベル(100本限定)には、もうひとつ、特別な物語があります。
裏ラベルにこう記されています。
> “Bottled exclusively in association with Kenten Whisky Akkeshi Distillery for The Whiskey House by DFS, hand selected for you.”
訳すと──
> 「The Whiskey House by DFSのため、Kenten Whisky Akkeshi Distilleryとの提携によって、特別にボトリングされました。あなたのために、ひとつひとつ厳選されています」
DFSとは
「DFS(Duty Free Shoppers)」は、世界の空港免税店を運営する、LVMHグループ傘下の免税ブランド。
つまり白ラベルは──
> 「世界中の空港で、限られた目利きの旅人にだけ届くために造られた」ボトル。
旅をしながらウイスキーを愛する人々の手にだけ渡ることを願って、ダンカンテイラーが樽を選び、ボトリングされた100本。
その1本が、いま、広島・流川のBar Little Happinessのカウンターに、置かれています。
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秩父・堅展実業・ダンカンテイラー・グレンロセス──業界最高峰の交差点
このボトルの中には、
🥃 秩父蒸溜所の原酒(2010年、肥土伊知郎による蒸留)
🥃 堅展実業のプロデュース(当時の原酒輸出商社)
🥃 ダンカンテイラー社(スコッチ業界最高峰のインディペンデント・ボトラー、1938年創業)
🥃 グレンロセス蒸溜所の樽(スコットランド・スペイサイドの名門)
──実に、日本とスコットランドの最高峰のプレイヤーが、ひとつのボトルで交差しています。
肥土伊知郎が秩父蒸溜所を稼働させてから、わずか2年。
その若き秩父原酒を、樋田恵一率いる堅展実業が買い取り、世界最高峰のスコッチボトラーであるダンカンテイラー社と組んで、世界へ送り出した──。
そして同じ時期に、樋田氏自身も、北海道厚岸町に自前の蒸溜所建設を決意していました。
こんなボトル、世界中を探しても、なかなか出会えません。
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リトハピで、2世代の秩父シングルカスクを
リトル・ハピネスのバックバーには、
🥃 荒川 ARASIDE 黒ラベル(304本限定)
🥃荒川 ARASIDE 白ラベル(100本限定、DFS向け)
2本ともご用意しています。
秩父蒸溜所が稼働してから、わずか2年目の貴重な原酒。
そのふたつの樽の物語を、ひとつのカウンターで体感していただける機会は、おそらく、日本中でもごくわずかです。
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エピローグ|グラスの中の、秩父原酒
肥土伊知郎が、廃棄予定だった羽生原酒を救出するところから始まった、ベンチャーウイスキーの旅。
2008年2月、秩父蒸溜所の稼働。
そのわずか2年後、2010年に蒸留された一筋の原酒が、海を渡り、スコッチ業界最高峰のボトラーの手で磨かれ、世界中を旅して──。
「ウイスキーは、造り手の物語と、時間と、出逢いが、ひとつのグラスに収斂する芸術」──そんな言葉が、これほど似合うボトルも、なかなかないかもしれません🥃
「ウイスキーもラムも、造り手の想いに触れたとき、もっと美味しくなる」
出逢いは必然。
Rum&Whiskyの世界へようこそ🥃

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📍 Bar Little Happiness
広島市中区流川町5-14-1F
月〜土:19:00〜24:30 / 日:〜24:00
(最終入店・約1時間前)
定休日:ほぼ年中無休
「荒川 ARASIDE」黒ラベル・白ラベルの2本、お試しいただけます。
ご予約・お問い合わせは、公式LINEから🥃
🔗 オンラインショップ:https://shop.little-happiness.jp/
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この記事を書いた人
谷本 美香(Mika Tanimoto)
株式会社 Little.m 代表取締役 / オーナーバーテンダー
広島県広島市で20年続くRum&Whisky専門店「Bar Little Happiness(リトルハピネス)」店主。2006年の創業以来、ウイスキーとラムの感動を伝える専門家として活動しています。
世界中の蒸溜所を自ら訪問し、造り手と直接対話した一次情報を持つ、現場主義のバーテンダー。バックバーには1,000本を超える希少なレア銘柄から、地元広島の「桜尾」まで幅広く取り揃えています。
Definitely very recommended, I hope to be able to come back here in a future Japan trip! Thank you so much, cheers from Italy!