失われたラムへの手紙──ナインリーヴズ・ラム蒸溜所が遺したもの
2026.5.14
滋賀県大津市・音羽山系の麓に、たったひとりで本州初のラム蒸溜所を立ち上げ、10年間世界に挑み続けた人がいました。
竹内義治さん。
そして竹内氏が育てた 「ナインリーヴズ(Nine Leaves)」 は、もう、ここでは造られません。
2023年、蒸溜所を閉鎖しました。
実は私は、閉鎖の前年──2022年に、奇跡のような縁で蒸溜所を訪問させていただきました。
今振り返れば、あのとき竹内さんは、もう、ラム造りをやめる決断をされていたのかもしれません。
リトハピのバックバーには、まだ、ナインリーヴズが何本か残っています。
そのボトルを手に取るたびに、滋賀の山あいで出会った、ひとりの背中を思い出します。

本州初のラム蒸溜所という奇跡
「日本でラム」と聞いたら、まず南国を想像する
日本でラム酒が造られている場所と聞いて、皆さんはどこを思い浮かべますか?
- 沖縄県(伊江島、南大東島、宮古島など)
- 鹿児島県・奄美群島
- 小笠原諸島
これらは、サトウキビの産地。
ラムは本来、サトウキビの育つ土地で造られる酒です。
ところが、ナインリーヴズが拠点を構えたのは──滋賀県大津市。
琵琶湖の南西、内陸の山あい。
サトウキビなど一本も育たない、本州のど真ん中。
ここに、本州初・本土初のラム酒蒸溜所が誕生したのが、2013年でした。
なぜ、滋賀でラムだったのか
答えは「水」にあります。
蒸溜所が建つのは、琵琶湖の南西に連なる音羽山系の麓、岩間山。
ここには、長石(陶磁器の釉薬の原料となる鉱物)を採掘する鉱山があります。
その鉱山の地下500m、たった一カ所の源泉から湧く深層水は、硬度12という超軟水。
長石という天然のフィルターで磨かれた水は、ミネラルウォーターとしても商品化されるほど稀少な名水です。
日本の蒸留酒製造において、超軟水を仕込み水に使うのは極めて珍しい。
この水と出会ったとき、竹内氏は「ここで造るしかない」と決意したそうです。
自動車部品から、ラムへ──竹内義治という挑戦者
1937年創業の家業を背負って
竹内義治さんの実家・竹廣株式会社は、1937年(昭和12年)創業の老舗自動車部品メーカー。
戦前戦後を通じて日本のものづくりを支え、トヨタなどの大手自動車メーカーに防音材や内装部品を納入してきた、知る人ぞ知る縁の下の力持ち企業です。
竹内さんは、その4代目。
祖父が起こした会社を継ぐべく、大手自動車メーカーの生産管理部勤務を経て、代表取締役に就任しました。
「自分の目の届くものづくりを」
しかし、竹内さんはあるとき、こう思うようになります。
「最初から最後まで、自分の目の届くものづくりがしたい。
そして、できあがったものを、消費者に直接届けたい」
自動車部品は、車という巨大な完成品の「一部」。
ものづくりの誇りはあるけれど、最終的に消費者の手に渡るのは「車」であって、自分が作った部品そのものではない。
そんな想いから、竹内さんは新しいものづくりを模索し始めます。
そして辿り着いたのが──酒造り。
なぜ、ウイスキーではなく、ラムを選んだのか
ここが、竹内氏の真骨頂です。
「ウイスキーは、すでに多くのメーカー、ディスティラリーがあります。
世界中で飲まれているスピリッツで、かつ日本ではまだメジャーになっていないラムに、
可能性を感じたんです」
2010年代初頭、日本のクラフトウイスキー蒸溜所がぽつぽつ立ち上がり始めた時期。
そこに乗っかるのではなく、まだ誰もやっていないラムに賭ける。
この選択眼こそが、竹内義治というひとりの男の、人並み外れた感性でした。
秩父蒸溜所からの血脈──ウイスキー文化が育てたラム
肥土伊知郎さんに師事して
ラム造りを決意した竹内さんは、酒造りの知識ゼロから出発しました。
中南米の生産国を巡ったバーテンダーから現地情報を得て、独学で勉強し、最終的には──
イチローズモルトを生んだ秩父蒸溜所の創業者・肥土伊知郎さんに師事します。
これは、ウイスキー愛好家にはわかる、特別な意味を持ちます。
イチローズモルトとは、世界中のウイスキーコレクターが憧れる、日本クラフトウイスキーの頂点に立つブランド。
その肥土さんの元で、研修を受け、蒸留の哲学を学んだ。
つまりナインリーヴズには、日本のクラフトウイスキーの最高峰のDNAが、ラムの形をして注ぎ込まれているのです。

ふたつのポットスチル──秩父型 & グレンモーレンジィ型
蒸留器(ポットスチル)は、スコットランドの名門 フォーサイス社製。
ウイスキーファンならご存知の通り、フォーサイスは世界中の名門蒸溜所に蒸留器を納めている、業界最高峰のスチルメーカーです。
しかも、竹内氏が選んだ蒸留器の形は──
- 初留釜(ウォッシュスチル):秩父蒸溜所のポットスチルを参考に設計
- 再留釜(スピリットスチル):グレンモーレンジィのポットスチルを参考に設計
スコットランドの伝統的なシングルモルトの製法を、ラム造りに持ち込んだのです。
「モルト好きこそハマるラム」と呼ばれる理由
この設計の結果、ナインリーヴズは、南国の伝統的なヘビーラムとは、まったく違う表情を見せます。
公式テイスティングノート(クリア)には、こう記されています:
色:クリアという名前にふさわしい、完全なクリア
香り:原料の黒糖の華やかな甘い香りが広がる
味わい:柔らかく、豊かなコク。単式蒸留器ならではの厚みある深い味わい
余韻:短く、キレが良い
そして──「ほのかに、吟醸香のニュアンス」
「吟醸香」──日本酒愛好家にはお馴染みのこの言葉が、ラムの公式テイスティングノートに登場するのは、世界でもナインリーヴズだけかもしれません。
海外のラム愛好家コミュニティでも、ナインリーヴズのレビューには、しばしば「sake-like(日本酒様の)」「reminiscent of Scottish single malts(スコッチ・シングルモルトを思わせる)」という表現が登場します。
カリブのヘビーラムのような、甘くとろりとした飲み心地ではなく、蒸溜酒としての骨格が前面に出る、繊細で力強いスタイル。
ウイスキーファンが「えっ、これがラム?」と驚き、その後ハマっていく。
それがナインリーヴズの最大の魅力でした。
リトル・ハピネスがウイスキーとラムの両刀を志す店だからこそ、ナインリーヴズは、私にとってかけがえのない存在だったのです。

原料へのこだわり──硬度12の超軟水と、多良間島の黒糖
ナインリーヴズのラムを構成する原料は、すべて、こだわり抜かれていました。
水:音羽山系・長石に磨かれた、硬度12の超軟水
蒸溜所が建つのは、琵琶湖の南西、音羽山系の麓。
その地下から湧き出る水は、長石(陶磁器の釉薬の原料となる鉱物)に磨かれた、硬度12の超軟水です。
ナインリーヴズの公式説明では、こう記されています:
「滋賀県音羽山系の長石に磨かれた硬度12の超軟水」
日本の蒸留酒の世界においても、これほどの超軟水を仕込み水に使うのは、極めて珍しいこと。
鉱物・微生物を含まない、清廉な水質が、ラムの味わいの繊細さを支えていました🥃
糖:沖縄県・多良間島産の黒糖
そして、もうひとつの主役が──沖縄県・多良間島産の黒糖。
多良間島は、宮古諸島の小さな離島。サトウキビ栽培と黒糖生産で知られる、知る人ぞ知る黒糖の産地です。
カリブ海のラムが「モラセス(糖蜜)」や「サトウキビジュース」を原料とするのに対し、ナインリーヴズは精製していない、まるごとの黒糖を仕込みに使うという、世界的にも稀有なスタイルを選びました。
竹内さんはこう語っています:
「サトウキビジュースやモラセスに含まれる、揺らぎや雑味を排し、
より純粋で洗練された甘さを引き出したかった」
酵母:国産の選び抜かれた酵母
発酵を司る酵母も、国産の選び抜かれた酵母を使用。
発酵期間は約4日間と、ラム造りとしては比較的長く設定されており、これも繊細な香味を引き出すための工夫でした。
世界が認めた、ジャパニーズ・ラムの誕生
RHUM FEST PARIS 2014・銀賞
ナインリーヴズの最初のボトル、「クリア」(ホワイトラム・50度)が発売されたのは、2013年7月。
そしてわずか1年後の2014年、世界的なラムの祭典である 「RHUM FEST PARIS 2014」イノベーション部門で銀賞 を受賞します。
これは、日本製ラムとして初の国際的受賞。
50度というアルコール度数の設定も意図的でした。
「ヨーロッパで本格的な酒として認められる条件が、50度。
日本のラムを、世界に出すために」
この戦略的な度数設定にも、竹内さんの世界市場を見据えた覚悟が表れています。
樽熟成ラム「エンジェルズハーフ」、そして「オルモストスプリング」
その後、ナインリーヴズは次々と魅力的なラムを世に送り出します。
ANGEL’S HALF(エンジェルズハーフ)
- アメリカンオーク樽 / フレンチオーク樽の樽熟成シリーズ
- 日本の暑い夏と山の寒い冬を乗り越えた原酒
- 初出荷分は「天使のおすそ分け」と命名
ALMOST SPRING(オルモストスプリング)
- PXシェリー樽、赤ワイン樽、カベルネソーヴィニョン樽など、多彩な樽でフィニッシュ
- 「春が来る直前」を意味する詩的なネーミング
ENCRYPTED(エンクリプテッド)
- 4種類の熟成ラムをブレンドし、さらにバーボン樽で熟成
- 58度のカスクストレングス
- 「暗号化された」という名の通り、複雑な香味の重なり
樽の種類、ブレンドの組み合わせ、熟成期間。
すべて、竹内氏ひとりの手で試行錯誤され、世に送り出されたボトルです。
2022年、私が訪れた日──ナインリーヴズ蒸溜所にて
ここから、リトルハピネス谷本美香としての、個人的な記憶を綴らせてください。
私がナインリーヴズ蒸溜所を訪れたのは、2022年。
今思えば、閉鎖のわずか1年前のことでした。
何度も、訪問を断られていた
ナインリーヴズ蒸溜所は、見学を受け付けていませんでした。
竹内さんがおひとりですべての作業を担っているため、見学対応にまで手が回らない。
それは当然のことです。
私も、何度か問い合わせをしたことがあったのですが、いずれもお断りされていました。
「いつか、訪れることができたら」──そう願いながら、リトハピのカウンターでナインリーヴズを注ぎ続ける日々が続いていました。
奇跡の電話一本
ある夜のこと。
国内の蒸溜所を創業した友人とお酒を飲んでいた席で、ナインリーヴズの話になりました。
「ナインリーヴズ、本当に好きで……でも見学は受けてもらえなくて」と話したところ、その友人が「ちょっと電話してみるよ」と。
その場で、竹内さんに直接電話を入れてくださったのです。
おそらく、竹内さんは、その人と仲が良くて、断りにくかっただけかもしれません。
でも、そのご厚意で、私は念願のナインリーヴズ蒸溜所訪問を実現することができました。
蒸溜所をやっている方同士の繋がりが、私を、滋賀の山あいへと導いてくれた。
本当にありがたい機会でした。
誰もいない蒸溜所、迎えてくれたのは、猫
実際に蒸溜所を訪れて、最初に驚いたのは──本当に、誰もいなかったことでした。
ガイドもいなければ、案内係もいない。
事務員も、スタッフも、誰一人いない。
迎えてくれたのは、猫。


ふらりと現れて、門番のようでした。
「ああ、本当にここは、ひとりで全部やっている場所なんだ」
そう実感した瞬間でした。
蒸溜所の片隅にあった、小さな神社
蒸溜所の敷地を歩いていると、ふと目に留まったのが──小さな神社のお社。
ものづくりの場には、神様を祀る伝統があります。
酒造りの蔵には、必ずと言っていいほど、酒の神様への祈りの場所がある。
たったひとりですべてを担う竹内さんが、毎朝、毎晩、ここに手を合わせていたのかもしれない。
そう想像すると、胸の奥が、しんとなるような気持ちでした。

ミドルカットの瞬間──
そして、訪問の中で、最も衝撃的だった体験。
それが、蒸留の「ミドルカット」を実際にテイスティングさせていただいたことです。
ウイスキーやラムなど、単式蒸留器(ポットスチル)で造られる蒸溜酒では、蒸留中に出てくる液体を:
- ヘッド(初留・前留):揮発性の強いアルコール、雑味が多い
- ハート(ミドル・中留):最も品質の良い、商品に使う部分
- テール(後留・末留):度数が下がり、重い香味成分が多くなる
──このように、時間軸で分けて取り分けます。
これを 「カット」 と呼びます。
ナインリーヴズでは、このカットのタイミングが、すべてのラムの味を決める、最重要工程。
竹内さんは、ミドルカットの中でも、さらに細かく区切って取り分けた液体を、私にテイスティングさせてくれました。確か10段階くらい試させていただいた記憶があります。

蒸留が進むほどに、
- 香りの華やかさ
- 甘みの厚み
- アルコールの重さ
- 余韻の長さ
──これらが、まったく、別物のように変化していくのです。
「同じ蒸留釜から出ている液体なのに、こんなに違うのか」
驚きとともに、竹内さんがどれほど繊細にカットの判断をされていたか、身をもって理解しました。
その判断を、世界中のラム蒸溜所では、複数のスタッフが議論しながら決めているはずです。
竹内さんは、これをたったひとりで、毎回決めていた。
その重みを、私はミドルカットの飲み比べを通じて、初めて理解しました。
ラベルを、自分で貼って持って帰った
訪問の最後、竹内さんから「持って帰りますか?」と、ボトルをいただきました。
そのボトルには、まだラベルが貼られていませんでした。
竹内さんが「ご自分で貼ってください」と差し出してくださったラベルを、私はその場で、ボトルに貼って、広島まで持ち帰りました。

そのボトルは、今もリトルハピネスの大切な思い出として、私の手元に残っています。
「もう、やめることを決めていらしたのかも」
訪問から1年後、2023年末にナインリーヴズが閉鎖されたと聞いた時──
私は、振り返って、こう思いました。
「あのとき、竹内さんはもう、ラム造りをやめる決断をされていて、きっとラム酒の行き先も決まっていたのだろう」
それまで頑なに受け付けていなかった見学を、たとえ友人からの直電であっても、受けてくださった。
もしかしたら──
確証はありません。
これは、訪問した私の、個人的な感じ取りに過ぎません。
でも、あの日の蒸溜所の空気、猫の温もり、神社の静けさ、ミドルカットの一滴一滴のすべてが、私にとっては、忘れることのできない、かけがえのない一日になりました。
2023年末、静かなる閉幕
家業への、より深いコミットメント
2023年末。
ナインリーヴズ蒸溜所は、10年間の歩みを終えて、閉鎖されました。
竹内氏は、もともと1937年創業の家業・竹廣株式会社(自動車部品メーカー、トヨタへの供給を行う)の4代目代表取締役という立場と並行して、ナインリーヴズを運営されていました。
そして2023年、家業の運営により深くコミットする必要が生じ、ラム造りに専念することができなくなったと、複数の業界情報源が伝えています。
ラム造りという、自らの夢のプロジェクト。
そして、1937年から続く家族の歴史と、ご家族の生活。
そのふたつを天秤にかけ、竹内さんは、家族の歴史を選びました。
「閉鎖の理由は、部分的に謎に包まれている」
イタリアのヴェリエ社(La Maison & Velier)の公式記述では、こう表現されています。
「閉鎖の理由は、部分的に謎に包まれている。
しかし、ひとつだけ確かなことがある。
ナインリーヴズが遺したレガシーは、永遠に消えない」
公にされている事実だけでは語り尽くせない、何かが、そこにはあるのかもしれません。
しかし、私たちに残されたのは──世界中のラム愛好家を魅了し続けた、美しいボトルたちです。
ヴェリエによる買収──イタリアが受け取った、日本のレガシー
La Maison & Velier──ラム業界の伝説のインポーター
ナインリーヴズ閉鎖の数か月後。
イタリア・ジェノヴァに本社を構える「ヴェリエ社(Velier / La Maison & Velier)」が、ナインリーヴズの熟成中の樽すべて、そして最後の蒸留分を買い取ったことが発表されました。
ヴェリエとは、世界のラム業界において最も影響力のある会社のひとつ。
CEOのルカ・ガルガーノ氏は、「ラム界のインディ・ジョーンズ」とも呼ばれる、伝説的な人物です。
カロニとの邂逅──「閉鎖蒸溜所を、伝説に変える」
ヴェリエがその名を世界に轟かせた、最も有名な物語があります。
それが──トリニダード&トバゴの「カロニ(Caroni)蒸溜所」との出会いです。
1918年に創業し、トリニダードの砂糖産業を支え続けたカロニ蒸溜所は、2002年に砂糖部門が閉鎖され、2003年には蒸溜所も正式に閉鎖されました。
そして2004年12月。
ルカ・ガルガーノ氏は、写真家のフレディ・マルカリーニ氏と共にトリニダードを訪れ、廃墟と化したカロニ蒸溜所の門をくぐります。
そこで、地元のトリニダード人女性に導かれて「1番倉庫」の扉を開けたとき──
18,000樽もの原酒が、誰にも忘れられたまま、眠っていたのです。
ガルガーノ氏は、その一部(約1,600樽)を買い取り、2005年から「ヴェリエ・ラベル」で世に送り出します。
これが、後に「Caronimania(カロニ・マニア)」と呼ばれる、ラム史最大級のカルト現象の始まりでした。
廃墟の樽たちは、世界中のコレクターが争奪する伝説のボトルへと変わり、現在オークションでは1本数十万円〜数百万円で取引されるほどの存在となっています。
「死せる蒸溜所を、伝説に変える錬金術師」が、ナインリーヴズに見出したもの
カロニで成功を収めたヴェリエは、その後も世界中の閉鎖蒸溜所や、知られざる蒸溜所の発掘を続けてきました。
- ハイチのクレラン蒸溜所群を世界に紹介
- ジャマイカのハンプデンを、無名のバルク生産者からカルト的人気銘柄に押し上げる
- ガイアナのデメララ系蒸溜所との独占ボトリング契約
そんなヴェリエが──日本の閉鎖蒸溜所「ナインリーヴズ」に、同じ未来を見ました。
竹内義治氏が、自ら呼んだ盟友
業界の報道によれば、竹内さんは閉鎖を決断したあと、自ら親交のあったルカ・ガルガーノ氏を蒸溜所に呼び、すべてを託したといいます。
蒸留設備(フォーサイス社製のポットスチル)は、後にフランスへと運ばれました。
熟成中の樽は、日本国内に残されたまま、ヴェリエの手で順次瓶詰めされていく──そんな未来が、決まりました。
竹内さんは、こう願ったのではないでしょうか。
「自分が育てた10年分の樽たちを、世界で最も信頼できる人の手に託したい」
リトル・ハピネスに残る、ナインリーヴズという宝物
リトハピのカウンターで、まだ味わえる
2026年現在、リトル・ハピネスのバックバーには、ナインリーブズのボトルがまだ何本か残っています。
これらは、すべて、もう二度と新たに造られることのないラムです。
そして、私が滋賀の蒸溜所で自分の手でラベルを貼って持ち帰ったボトルも、大切に保管しています。
エピローグ|ナインリーヴズが、私たちに遺したもの
10年間という、奇跡の時間
2013年から2023年。
たった10年間。
しかしその10年で、ナインリーヴズは、日本のラム酒史を完全に塗り替えました。
- 本州初のラム蒸溜所として、地理的常識を覆した
- シングルモルトのような造りで、ラムの新ジャンルを切り拓いた
- たったひとりで、世界に通用するクラフトラムを生み出した
- 日本のラムが、ヨーロッパで賞を取れることを証明した
- そして、伝説的インポーター・ヴェリエに、未来を託した
結びに
竹内義治さん。
家業への、より深いコミットメントを選び、ラム造りから離れる決断をされたあなたの、その姿勢に、心からの敬意を表します。
そして、10年間、日本のクラフトラムの可能性を、世界に向けて示し続けてくださって、本当にありがとうございました。
2022年のあの日、見学を受け付けていない蒸溜所に、私を迎え入れてくださったご厚意。
ラベルを貼って持ち帰ったあのボトルは、今も私の宝物です。
ナインリーヴズというラムは、確かに、私の記憶の中に生き続けます。
そしてヴェリエの手によって、そのレガシーは、これから何年も、何十年も、世界中のラム愛好家に届けられ続けるでしょう。
Bar Little Happiness は、そのレガシーの語り部のひとりであり続けたいと、心から思います。
「ウイスキーもラムも、造り手の想いに触れたとき、もっと美味しくなる」
出逢いは必然。
Rum & Whisky の世界へ、ようこそ🥃
*※この記事は、実際にナインリーブス蒸溜所を訪問した際に見聞きしたことと、元々知っていたこと、新たに調べたことをもとに構成しています。一部、谷本美香の個人的な見解が含まれます。

📍 Bar Little Happiness
広島市中区流川町5-14-1F
月〜土:19:00〜24:30 / 日:〜24:00
(最終入店・約1時間前)
定休日:ほぼ年中無休
ナインリーヴズのボトル各種、お試しいただけます。
2022年に谷本が訪問した際の話も、カウンターでお聞きいただけます。
ご予約・お問い合わせは、公式LINEから🥃
🔗 オンラインショップ:https://shop.little-happiness.jp/
この記事を書いた人
谷本 美香(Mika Tanimoto)
株式会社 Little.m 代表取締役 / オーナーバーテンダー
広島県広島市で20年続くRum&Whisky専門店「Bar Little Happiness(リトルハピネス)」店主。2006年の創業以来、ウイスキーとラムの感動を伝える専門家として活動しています。
世界中の蒸溜所を自ら訪問し、造り手と直接対話した一次情報を持つ、現場主義のバーテンダー。バックバーには1,000本を超える希少なレア銘柄から、地元広島の「桜尾」まで幅広く取り揃えています。
Definitely very recommended, I hope to be able to come back here in a future Japan trip! Thank you so much, cheers from Italy!
