「ピュアモルト」とは何か?──ニッカ蒸溜所限定レッド&ブラック
2026.5.11
「ピュアモルト」と「シングルモルト」はどう違うの?
──蒸溜所限定・レッド&ブラックから読み解く!
「ピュアモルト」って、どういう意味?
普段カウンターでこのボトルをお出しすると、時々こう尋ねられます。
「シングルモルトとは違うの?」
「ブレンデッドモルトとも違うの?」
「そもそも”ピュア”って、何が”ピュア”なの?」
実はこの言葉、シンプルなようで、いくつもの物語を抱えています。
ウイスキーの歴史。
日本独自の進化。
そして、ニッカウヰスキーの「本物志向」という哲学。
今回は、余市・宮城峡の各蒸溜所でしか手に入らない蒸溜所限定品「ピュアモルト レッド」と「ピュアモルト ブラック」を入り口に、この奥深い言葉の世界をご案内します🥃
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「ピュアモルト」は、もともとスコッチの言葉だった
意外に思われるかもしれませんが、「ピュアモルト(Pure Malt)」という呼び方は、もともとスコッチでも使われていた言葉です。
シングルモルトという呼称が法的にきちんと定義されていなかった1980年代以前、スコッチの世界では:
– 単一蒸溜所のモルト原酒を瓶詰めしたものを「Pure Malt」と呼ぶ場合
– 複数蒸溜所のモルト原酒をブレンドしたものを「Pure Malt」と呼ぶ場合
──この二つが混在していました。
つまり同じ「Pure Malt」というラベルでも、中身がシングルモルトの場合もあれば、ブレンデッドモルト(ヴァッテッドモルト)の場合もあったのです。
2003年、ディアジオの「カードゥ事件」
この曖昧さが大問題に発展したのが、2003年。
ウイスキー業界最大手のディアジオ社が「Cardhu Pure Malt(カードゥ ピュアモルト)」という商品を発売しました。
カードゥはスペイサイドにある単一の蒸溜所。
当然、消費者は「カードゥ蒸溜所のシングルモルトだ」と思うわけです。
ところが中身は、カードゥの原酒に他蒸溜所の原酒を混ぜたブレンデッドモルト。
ボトルデザインも従来のシングルモルト版と酷似していました。
ライバルのシングルモルト蒸溜所やスコッチウイスキー協会(SWA)からは激しい批判が殺到。
「これは消費者を欺く行為だ」と。
結局ディアジオは商品を撤回し、カードゥをシングルモルトに戻しました。
2009年、スコッチでは「Pure Malt」表記が法律で禁止に
この事件を受けて、2009年に施行された「スコッチウイスキー規則」では:
> “Pure Malt”および類似の表記は、スコッチウイスキーのラベル・包装・広告・販促物において一切使用してはならない。
──と、明確に禁止されました。
代わりに、複数蒸溜所のモルト原酒をブレンドしたものは「Blended Malt(ブレンデッドモルト)」と統一表記することに。
つまり、本場スコットランドでは「ピュアモルト」という言葉は、もう使えないのです。
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では、なぜ日本ではまだ「ピュアモルト」が使われているのか
スコッチでは消えた呼び名を、日本では今も大切に守り続けている──。
ここに、ニッカウヰスキーの哲学が見えてきます。
1984年、創業50周年の節目に
1934年7月2日、北海道・余市町に「大日本果汁株式会社」が設立されました。
創業者は、後に「日本のウイスキーの父」と呼ばれる竹鶴政孝。
それからちょうど50年が経った1984年11月。
ニッカは「ピュアモルト」シリーズを発売します。
ブラック(余市モルト主体)と、レッド(宮城峡モルト主体)。
3年後の1987年6月には、ホワイト(ヘビーピート系)も加わり、3兄弟が揃いました。
「グレーンを一滴も混ぜていない、純粋なモルト100%」
当時の日本市場は、まだまだブレンデッドウイスキー全盛の時代。
モルトウイスキー(大麦麦芽100%)にグレーンウイスキー(トウモロコシ等の穀物)を混ぜたブレンデッドが、家庭でもバーでも当たり前のように飲まれていました。
そこにニッカが投げかけたのが:
> 「うちが造っているのは、グレーンを一滴も混ぜていない、”純粋に(Pure)”、モルト100%のウイスキーですよ」
──というメッセージ。
この「純粋にモルト100%」という思想を、シンプルに伝える言葉として「ピュアモルト」が選ばれました。
薬瓶のような、飾り気のないデザイン
実はこの「ピュアモルト」シリーズ、ボトルデザインも凝っています。
手がけたのは、グラフィックデザイナーの佐藤卓氏。
あの「フロム・ザ・バレル」のボトルもデザインした方です。
注ぎ口が短く、薬瓶のような無骨で個性的なフォルム。
クラフト紙のシンプルなラベル。
飾り気を徹底的に排した佇まい。
「ウイスキーが経済的な豊かさを象徴する道具となっていた時代に、ウイスキー本来の価値に光を当てるために、敢えて飾り気を排除する」──
そんなコンセプトが、デザインにも貫かれています。
「本物を、本物のまま」。
ニッカの哲学を、これ以上ない形で表現したのが、ピュアモルトシリーズなのです🥃

⚫ ピュアモルト ブラック(蒸溜所限定)
ベースとなるのは、余市蒸溜所のモルト原酒。
余市の特徴を簡単におさらいしましょう。
石炭直火蒸溜:
約1000℃を超えるポットスチルに石炭をくべる、世界でも希少な伝統的蒸溜法
ストレートヘッド型ポットスチル:
蒸溜液に多くの香味成分が残り、力強く複雑な味わいを醸す
潮風と冷涼な気候:
スコットランドに似た余市の土地が、ピート香と塩気のニュアンスを酒質に与える
これらが組み合わさって生まれるのが、余市らしい「重厚で男性的なモルト」。
公式テイスティングノート
🥃 余市のモルトを主体とした重厚なタイプ
🥃 力強いピートとしっかりしたコク、豊かな味わい
香り:
– 潮、スモーキー、ピート
– 時間が経つと、バニラとはちみつ、リンゴのニュアンス
味わい:
– 蜂蜜、バニラ、塩気
– ピート感、スモーキーな深み
🔴 ピュアモルト レッド(蒸溜所限定)
ベースとなるのは、宮城峡蒸溜所のモルト原酒。
宮城峡の特徴は、余市とは対照的:
スチーム間接式蒸溜:
約130℃の蒸気でじっくり蒸溜することで、原酒になめらかさを付与
バルジ型ポットスチル:
上向きラインアームと丸く膨らんだバルジ(ふくらみ)が、蒸気と香味成分を循環させ、軽やかでフローラルな酒質を生む
霧深い渓谷の自然:
新川(にっかわ)の清流と、四方を山に囲まれた環境
これらが組み合わさって、宮城峡らしい「華やかで優しいモルト」が生まれます。
公式テイスティングノート
🥃 宮城峡のモルトを主体としたやわらかなタイプ
🥃 軽く甘いバニラとフルーティな香り、ソフトで優しい味わい
香り:
– フローラル、フルーティ
– 果実感たっぷりのアロマ
味わい:
– かりん飴、はちみつ、バニラ
– 粉っぽい舌触りから、徐々に甘やかな味わいへ変化
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|消えた末っ子・ホワイトの物語
実は、ピュアモルト3兄弟には、もう一人いました。
⚪ ピュアモルト ホワイト(2015年8月終売)
レッド・ブラックから3年遅れ、1987年6月に発売。
発売当初は、スコットランド・アイラ島のモルト原酒(ボウモアなど)を輸入してブレンドしていたと言われています。
後年、輸入原酒の比率を下げ、余市蒸溜所のヘビーピートタイプを主体にシフト。
海草やヨードを思わせる、強烈なスモーキーフレーバーが特徴でした。
ところが──。
当時の日本では、ピーティで重厚な味わいを好む方はまだ少数派。
レッドやブラックに比べて売上が振るわず、原酒不足の影響もあり、シリーズの中で最初に終売となりました。
「日本ではピーティーな味わいは敬遠されがちでしたので、よほどのことがない限り再販はないかもしれません」──業界ではそう囁かれています。
アイラモルトが日本で市民権を得た今の時代に発売されていたら、また違った運命だったのかもしれない、と思うと少し切ない一本です。
オールドボトルとしてプレミアム価格で取引されていますが、ニッカの先進的な挑戦の記録として、心に留めておきたい存在です🥃
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「本物のモルトを、もっと気軽に」というニッカの遺産
ブレンデッド全盛の1984年。
高価なシングルモルトがまだ庶民の手に届きにくかった時代。
ニッカは「モルト100%の本物を、シングルモルトより手の届きやすい価格で」という選択肢を、日本のウイスキー文化に投じました。
40年経った今でも、その思想は脈々と受け継がれています。
蒸溜所を訪れた人だけが手にできるボトル。
クラフト紙の素朴なラベル。
中身は、世界に誇る余市と宮城峡のモルトが主体。
派手な広告も、限定ナンバーの希少性アピールもない。
ただただ、「いいウイスキーを、適正な価格で」。
これほどまでに、誠実な一本があるでしょうか🥃
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⚠️ 補足:ジャパニーズウイスキーの定義について
最後に、知っておいていただきたいことがあります。
ピュアモルト レッド&ブラックは、2021年4月に施行された 「ジャパニーズウイスキーの表示基準」 の要件を満たしていません。
これは日本洋酒酒造組合が定めた表示基準で、主な要件は:
– 原料は麦芽・穀類・日本国内で採水された水のみ
– 糖化・発酵・蒸溜は日本国内の蒸溜所で行うこと
– 700リットル以下の木製樽で、日本国内で3年以上熟成すること
– 日本国内で瓶詰すること
ピュアモルト レッド&ブラックは、少量ながらベンネヴィスなどスコットランド海外原酒もブレンドされているため、上記の要件を満たさないと考えられています。
ただし、これは決して「品質が劣る」という意味ではありません。
むしろ──。
ベンネヴィス蒸溜所は、1989年にニッカウヰスキーが経営権を取得した由緒あるスコッチの蒸溜所。
竹鶴政孝が修業の地として愛したスコットランドの本場で、ニッカは今も自社蒸溜所を持ち、本物のスコッチを造り続けています。
「異なる環境で熟成された原酒を組み合わせることで、ウイスキーはより味わい深く豊かになる」──これは竹鶴政孝が生涯追い求めた哲学です。
世界各地の原酒を自社で持ち、それを惜しみなくブレンドできる強み。
それを愚直に活かし続けるニッカの姿勢こそが、このシンプルなボトルに宿る「本物の凄み」なのです🥃
定義の枠の外にあっても、いえ、外にあるからこそ、伝えたい味がある。
それが、ピュアモルト レッド&ブラックという存在です。
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リトハピで、兄弟を並べて
「ピュアモルト」という言葉ひとつから、
スコッチの歴史。
日本独自の進化。
創業50周年の節目。
佐藤卓氏のボトルデザイン。
余市と宮城峡という、対照的な兄弟蒸溜所。
失われた末っ子・ホワイトの物語。
そして、定義の枠を超えてなおブレない、ニッカの哲学。
──こんなにも多くの物語が、グラスの中で繋がっていきます。
リトハピのバックバーには、ピュアモルト ブラックとレッド、両方をご用意しています。
ぜひ並べて、一杯ずつ、ゆっくりと。
「ウイスキーもラムも、造り手の想いに触れたとき、もっと美味しくなる」
出逢いは必然。
Rum&Whiskyの世界へようこそ。
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📍 Bar Little Happiness
広島市中区流川町5-14-1F
月〜土:19:00〜24:30 / 日:〜24:00
(最終入店・約1時間前)
定休日:ほぼ年中無休
🔗 ご予約・お問い合わせは公式LINEから
🔗 オンラインショップ:https://shop.little-happiness.jp/
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この記事を書いた人
谷本 美香(Mika Tanimoto)
株式会社 Little.m 代表取締役 / オーナーバーテンダー
広島県広島市で20年続くRum&Whisky専門店「Bar Little Happiness(リトルハピネス)」店主。2006年の創業以来、ウイスキーとラムの感動を伝える専門家として活動しています。
世界中の蒸溜所を自ら訪問し、造り手と直接対話した一次情報を持つ、現場主義のバーテンダー。バックバーには1,000本を超える希少なレア銘柄から、地元広島の「桜尾」まで幅広く取り揃えています。
Definitely very recommended, I hope to be able to come back here in a future Japan trip! Thank you so much, cheers from Italy!