街ごと支配!?「華麗なるハイオット家」が築いたラムの聖域
2026.2.20
数年前にマルティニークを訪れた際、私が最も度肝を抜かれたのは、ラム酒のクオリティもさることながら、現在のオーナーであるハイオット家(GBHグループ)の圧倒的な規模感でした。
今回は、1986年に彼らがクレマンを買い取ってから、この地をいかにして「ラム酒の聖域」へと変貌させたのかをシェアします!

1986年、伝統を救った「華麗なる一族」
1970年代後半から、創設者一族のクレマン家は財政難と家族間のいざこざに見舞われ、ブランドは存続の危機にありました。
そこに現れた救世主が、バーナード・ハイオット率いるGBHグループです。
1986年に彼らが買収した際、単にビジネスとして扱うのではなく、創設者一族への深い敬意を表して、この広大な土地を「ハビタシオン・クレマン」と名付けました。
これが、現在の私たちが知る「文化遺産としてのクレマン」の始まりです。


(ハビタシオン・クレマン)
ぶったまげる規模!街ごと「ハイオット家」の衝撃
現地を歩いていて、とにかく「ぶったまげる」出来事の連続でした。
蒸留所の周辺だけでなく、島を巡っていると気づくんです。
バザーからガソリンスタンドに至るまで、目に入る主要なインフラの多くがGBHグループ(ハイオット家)の運営だということに……!
まさにマルティニーク屈指の「華麗なる一族」。
この強大な資本力があるからこそ、目先の効率だけを求めず、ラム酒を「文化」として守り抜くことができる。
この巨大な「資本の盾」が伝統を守っている事実に、ある種の感動すら覚えました。
(↓バザーの様子です。バザーに行った気分になれます。長いので5倍速推奨。)


製造は「シモン」、熟成は「クレマン」へ
ハイオット家の経営戦略で最も興味深いのが、生産体制の再編です。
- 1988年、旧蒸留所の閉鎖: 買収から2年後、敷地内の蒸留所は閉鎖されました。
- シモン蒸留所での製造: 現在、ラム酒自体の製造(蒸留)は、グループが運営するシモン蒸留所で行われています。
- 熟成と継承の地: 製造拠点を移す一方で、熟成は今もクレマンの広大な熟成庫で行われており、あの「天使の分け前(Angel’s share)」を漂わせながら、最低3年の時を刻んでいます。


(シモン蒸溜所にて)
邸宅、庭園、そして現代アートの融合
ハイオット家は、この16ヘクタールに及ぶ広大な敷地を「屋外美術館」へと昇華させました。
- 歴史の舞台: 丘の上に建つ17世紀のクレオール様式の母屋は、1991年に米仏首脳会談(ブッシュ・ミッテラン会談)の会場となりました。
- 注目すべき庭園: 1992年に造られた公園は、300種以上の熱帯植物を数え、2015年にフランス文化省から「注目すべき庭園(Remarkable Garden)」に認定されています。
- クレマン財団: 2005年には財団を設立し、2016年には現代カリブアート専用の巨大な展示スペースを建設しました。


街中のインフラまで手掛けるハイオット家。
彼らの巨大なビジネス体系は、一見ラム酒とは無関係に見えるかもしれません。
しかし、その強固な経営基盤があるからこそ、私たちはゆっくりと眠る、最高級のアグリコール・ラムを味わうことができる!!。
次回は最終回。このハイオット家に守られた熟成の神秘と、私が現地で体験した日本酒樽ラム酒?!に迫ります!
ラム酒・クレマンは、広島のBar Little Happinessで🥃
出逢いは必然。Rum&Whiskyの世界へようこそ。

【谷本からの補足】 このクレマン蒸溜所に関する記事は、実際に現地を訪問した体験を基に執筆していますが、一部谷本の個人的な考察や解釈が含まれています。 一人のラムLOVERの独り言としてお楽しみいただければ幸いです。
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【この記事を書いた人】
谷本 美香(Mika Tanimoto)
株式会社Little.m 代表取締役/オーナーバーテンダー
広島・流川で2006年からウイスキーとラムの専門店「Bar Little Happiness」を営む。国内外の蒸溜所を訪ね、造り手の話をコラム「ウイスキーとラムの手帖」に綴っている。広島市優良技能者。
「ウイスキーもラムも、造り手の想いに触れたとき、もっと美味しくなる」
【お店の情報】📍 Bar Little Happiness
広島市中区流川町5-14 Rolling流川 1F
月〜土 19:00〜24:30/日 19:00〜24:00(店主が蒸溜所へ旅に出る日はお休み)
ノーチャージ・予約不要
🛒 遠方の方はオンラインショップからもお求めいただけます。