三郎丸蒸溜所訪問記② 世界初のポットスチル「ZEMON」誕生秘話
2026.2.05
↓①から読んでね❣️
三郎丸蒸留所の再建に際し、稲垣社長の前には、事業の根幹を揺るがす巨大な壁が立ちはだかっていました。
それは、ウイスキー造りの心臓部である「蒸留器(ポットスチル)」の入手です。
「3年待ち」の絶望が生んだ、ひらめき
当時、世界的なウイスキーブームの影響で、蒸留器の主要メーカーはどこもパンク状態。
海外に発注しても届くまでに2〜3年待ちという状況でした。
「3年も待っていたら、熟成を経て商品になるのはいつになるんだ……」。
焦りの中で彼が導き出した答えは、常識外れのものでした。
「だったら、地元の技術で自分たちで作ればいい」。
その視線の先にあったのは、高校時代から身近に感じていた、富山県高岡市が誇る400年の伝統工芸「高岡銅器」の技術でした。

文系出身の「発明家」と、現場監督の教え
驚くべきは、稲垣社長が自らCAD(設計ソフト)を操り、ミリ単位の設計図を引いたことです。
実は、このスキルの裏には一人の恩人の存在がありました。
蒸留所改修の際、現場監督の方が稲垣社長を大変可愛がり、図面の書き方を一から教えてくれたのだそうです。
その面白さに目覚めた彼は、蒸留所のレイアウトだけでなく、蒸留器そのものの図面まで自分で引くようになりました。
「技術者であり、本当の意味で事業を動かせる経営者になりたい」。
その想いが、眠っていた「発明家」の才能を呼び覚ました瞬間でした。

「理系ではない」からこそ、科学的証明に挑む
稲垣社長は単なる直感だけで動いたわけではありません。
彼は、銅合金である「青銅」が純銅と同等、あるいはそれ以上の効果を持つことを証明するため、地元の公的研究機関の協力で実験を重ねました。
ZEMONを作る前には「ステンレス製の蒸留器の一部を銅に変える」という泥臭い改修実験も行っています。
2017年の蒸留所改修時、予算の制約から高価なオール銅製のポットスチル(蒸留器)を導入できず、ステンレス製のタンクを改造して使用していました。
しかし、ウイスキーの品質向上には銅との接触が必要不可欠であるため、稲垣氏はステンレスの蓋の部分を自ら切り抜き、銅板を叩いて自作したパーツを取り付けるという泥臭い改修を行いました。
この実験を通じて「銅の表面積と酒質の関係」を科学的に確信したことが、ZEMON(銅錫合金の鋳造)開発の大きな原動力となったのだと思われます。
この功績は、後に日本醸造協会から「日本醸造協会技術賞」を授与されるという、業界初の快挙へと繋がりました。

梵鐘(ぼんしょう)の技術が起こした「三つの奇跡」
800年以上の歴史を持ち、世界で唯一50トンを超える巨大な「寺の鐘(梵鐘)」を鋳造できる技術を持つ、富山高岡の老子製作所。
その職人魂と稲垣社長の発明が融合し、世界初の鋳造製蒸留器「ZEMON」が誕生しました。


この「ZEMON」には、従来の叩いて作る銅板製にはない、革新的なメリットがありました。
- 「まろやかさ」の追求:
青銅に含まれる「スズ」の効果により、酒質が非常にまろやかになります。
- 「一生モノ」の耐久性:
銅板を叩いて作る従来品は摩耗で穴が開きますが、型に流し込む鋳造は厚みが2.5倍。稲垣社長が「僕が死ぬまでは大丈夫」と語るほどの耐久性を誇ります。
- 「地球への優しさ」:
青銅の蓄熱性の高さにより、エネルギー消費量とCO2排出量を半分に抑えることに成功。日本のウイスキー業界初の特許も取得しました。

職人と共に、砂にまみれて「形」にする
開発は決して平坦ではありませんでした。
巨大な「砂の型」をひっくり返す作業中に型が崩れるなど、前例のない挑戦に職人たちも極限まで追い込まれました。
しかし、蒸留所から車でわずか10分という距離が、奇跡を可能にしました。
稲垣社長は何度も現場へ足を運び、「このパッキンは蒸気用で……」と職人さんと膝を突き合わせてディスカッションを重ねました。


(老子製作所で作られた世界陸上の鐘を持たせてもらった!)


(ちなみに、広島・平和の鐘もここで作られている!!)

そうして産声を上げたZEMONは、100年前からそこにあったかのように、歴史ある木造建屋の「柱の間隔」へ、ミリ単位の精度でぴたりと収まりました。
正直、ボロボロだった古い建屋を活かすより、一度壊して新築した方がコストも工期も抑えられたはずです。
それでも社長がこの場所にこだわったのは、効率よりも大切なもの——先代たちがこの土地で繋いできた記憶と誇り——を守り抜くという、5代目としての退路を断った決意があったからだと、私は感じました。


「今まで誰もやらなかった」ことを、地元の絆と科学の力で成し遂げた稲垣社長。
その無邪気な笑顔の裏には、先祖が守ったこの場所で、富山の技術を世界へ轟かせるという、凄まじい想いが隠されていました。
次回は、この「ZEMON」で蒸留されたベビーウイスキーを育てる「樽」の物語。
20代の若き匠が守る樽工房で、私が目撃した「100年先を見据えたモノづくり」の現場についてお届けします!
「ウイスキーもラムも、造り手の想いに触れたとき、もっと美味しくなる」
出逢いは必然。Rum&Whiskyの世界へようこそ。
【この記事を書いた人】
谷本 美香(Mika Tanimoto) 株式会社 Little.m 代表取締役 / オーナーバーテンダー
広島県広島市で20年続くRum&Whisky専門店「Bar Little Happiness(リトルハピネス)」店主。
2006年の創業以来、ウイスキーとラムの感動を伝える専門家として活動しています。
バックバーには1,000本を超える希少なレア銘柄から、地元広島の「桜尾」まで幅広く取り揃えています。
• 多店舗経営: 本店に加え、カジュアルに愉しめる姉妹店「Rum&WhiskyハイボールBar」を直営。
• オンライン事業: 全国へ厳選ボトルを小瓶で届けるオンラインショップ運営。
• 執筆・情報発信: 専門コラム【ウイスキーとラムの手帖】を執筆。
・創業ストーリー:22歳、ワーキングプアだった私が見つけた光。
「ウイスキーもラムも、造り手の想いに触れたとき、もっと美味しくなる」
Definitely very recommended, I hope to be able to come back here in a future Japan trip! Thank you so much, cheers from Italy!