三郎丸蒸溜所見学体験記④「なくてもともと」という覚悟と、溢れ出すウイスキー愛
2026.2.07
五感を揺さぶる「蒸留所見学ツアー」
三郎丸蒸留所の扉を開けると、そこには「舞台」が広がっています。

戦火を免れた「歴史の器」と、パネルに刻まれた想い
この蒸留所の建物は、戦災を免れ、今では国の登録有形文化財にも指定されている貴重なもの。
壁に掲げられた古いパネルを見渡せば、時代の荒波に翻弄されながらも、この地でウイスキーの灯を絶やさなかった先人たちの姿がありました。

稲垣氏の著書を拝読して確信したのは、筋金入りの「ウイスキーオタク」であるということ。
業界の浮き沈みをこれほどまでに緻密に紐解けるのは、並大抵の熱量ではありません。
彼は「曾祖父の精神を守る」という責任感以上に、この琥珀色の液体が持つロマンに、誰よりも自分自身がワクワクしている。
その想いが、言葉の端々からこぼれ落ちていました。
(売店で購入した本は必読です!「読んでから行けばよかった!」と後悔するほど、日本のウイスキー史が凝縮されています。かなり専門的なため、興味のあるところだけ斜め読みがおすすめ。)
「恵まれた環境」という先入観の裏側
お恥ずかしながら、私は今回お会いするまで背景を露知らずにいたのですが、周囲からは時折、そんな恵まれた環境に対する羨望や、どこか嫉妬の混じった声も聞こえてきました。
けれど、実際に対峙して見えてきたのは、そんなステレオタイプな言葉では到底括りきれない姿でした。
そこにいたのは、家柄という守られた場所に安住するどころか、誰よりも深くこの琥珀色の液体に魅せられ、泥臭く奔走する「筋金入りのウイスキーオタク」だったのです
稲垣家は、戦後に「北陸コカ・コーラ」を立ち上げた一族であり、現在はIT企業など多角的な事業を展開するホールディングスとしての盤石な経営基盤があります。
社長自身、当初はコカ・コーラの経営企画部に身を置いており、そのままグループのマネジメントの道を歩むこともできました。
あえて「ボロボロで、製造量も全盛期の10分の1以下」にまでシュリンクしていた蒸留所に、自ら飛び込む必要は必ずしもなかったはずなのです。
しかし、たとえグループ全体が存続していても、この「三郎丸」で曾祖父たちが灯した「ものづくりの火」が消えてしまえば、一族のアイデンティティが失われてしまう。
この一族に生まれた彼はその危機を誰よりも強く感じていたのではないでしょうか。(個人的な感想です)

成功の裏に隠された、泥臭い「一軒一軒」の積み重ね
この大規模な再興プロジェクトを支えた資金。
その調達方法は、当時まだ珍しかったクラウドファンディングでした。
「クラウドファンディングって何?」と首を傾げるような状況の中、ほぼ一人でこのプロジェクトを動かし始めました。
私は気になって、社長に尋ねてみました。
「ほとんどが地元・富山の方々からの寄付だと伺いましたが、もしや社長ご自身が足を運ばれたのですか?」
すると、あの無邪気な笑顔で、さらりとこう答えてくださったのです。
「一軒一軒回りましたよ。パソコンなんて使ったことがないというお年寄りも多かったので、『ここを押すんですよ』なんて言いながら一緒に画面を操作したりして」
その光景を想像し、私の尊敬の念は、これ以上ないほど深いものへと変わっていました。
自らの足で、地元の信頼という「一滴」を丁寧に集めて回っていたのです。
この地道な努力によるクラウドファンディングの成功は、単に資金をもたらしただけではなかったのではないでしょうか。
それまで「ウイスキーなんて売れるのか」と冷ややかだった空気をも、「これだけ地元の人が応援してくれているんだから、本気でやらなきゃいけない」と、劇的に前向きなものへと変えていったと思われます。
「伝統の火を消したくない」という想いは、社長一人のものではなく、富山の人々との「共同発明」となって結実していきました。

世界中の「最高」を詰め込んだ、大人の宝箱
蒸留所を一歩進むごとに、見学者(特にウイスキー好き!)は、三郎丸の世界観にどっぷりハマることになるでしょう。
そこかしこに、世界各国の蒸留所を巡り、その目で見て「これは良い!」と心酔したギミックが散りばめられているからです。














「どうすればウイスキーの面白さを最大化できるか」という、遊び心と好奇心が爆発した「大人の秘密基地」。
その作り込みの細かさに、見ているこちらまでワクワクがとまりません!
毎週来たい!!
アイデンティティを懸けた「銅像の奪還」
その「愛」は、時に猛烈な執念へと姿を変えます。
象徴的なのが、曾祖父の銅像の「奪還」です。
かつてウイスキー造りと無関係な場所に移されていたその像を、社長は「曾祖父に、今の最高に面白いウイスキー造りを見てほしい」と、連れ戻しました。

「なくてもともと」という覚悟
どれほど強固な資本があっても、この熱量とスピードで理想を形にできる人は稀だと思います。
私が「シュリンクしていく家業を背負うことに、怖さはなかったのですか」と問うと、どこか無邪気ささえ感じさせる笑顔でこう答えてくれました。
「息が消えそうな中にいたから、なくてもともとだと思って」
「なくてもともと」。
その信念が、伝統という名の重圧を、世界一ワクワクするウイスキー造りのエネルギーへと昇華させてしまったのです。
伝統を重荷にするのではなく、最高にエキサイティングな「未来」へと塗り替えていく。
あの瞬間の、少年のような好奇心と、経営者としての鋭い眼差しが同居した社長の表情を、私は一生忘れることはないでしょう。

(WWA2026 三郎丸が世界一のウイスキービジター体験施設に選出されておられました!おめでとうございます!)
次回、いよいよ最終回。
三郎丸の目指すウイスキーとは?!秘密のブレンダー室で見た三郎丸の未来。
「ウイスキーもラムも、作り手の想いに触れたとき、もっと美味しくなる」
出逢いは必然。Rum&Whiskyの世界へようこそ。
【この記事を書いた人】
谷本 美香(Mika Tanimoto) 株式会社 Little.m 代表取締役 / オーナーバーテンダー
広島県広島市で20年続くRum&Whisky専門店「Bar Little Happiness(リトルハピネス)」店主。
2006年の創業以来、ウイスキーとラムの感動を伝える専門家として活動しています。
バックバーには1,000本を超える希少なレア銘柄から、地元広島の「桜尾」まで幅広く取り揃えています。
• 多店舗経営: 本店に加え、カジュアルに愉しめる姉妹店「Rum&WhiskyハイボールBar」を直営。
• オンライン事業: 全国へ厳選ボトルを小瓶で届けるオンラインショップ運営。
• 執筆・情報発信: 専門コラム【ウイスキーとラムの手帖】を執筆。
・創業ストーリー:22歳、ワーキングプアだった私が見つけた光。
「ウイスキーもラムも、作り手の想いに触れたとき、もっと美味しくなる」
Definitely very recommended, I hope to be able to come back here in a future Japan trip! Thank you so much, cheers from Italy!