背中を気にせず、グラスを傾けられるという贅沢
2025.5.06
「背中を気にせず、グラスを傾けられるという贅沢」
──リトハピという空間に込めた、小さな設計の話
「リトハピって、落ち着きますね」
そう言っていただけるたびに、私は静かに嬉しくなる。
この“落ち着き”は偶然ではなく、
空間をつくるときに、私が何より大切にした感覚だったから。
この物件は、もともと薬屋さんだった。
飲食店には向いていない間取りで、水道も厨房も思い描いていた形とは真逆。
内装費もかかるし、どう考えても効率的ではなかった。
それでも、この場所に惹かれた。
私は昔から、「背後に誰かがいる」ことがどうしても苦手だった。
後ろから視線を感じたり、気配を意識してしまうと、
思考が散って、なんとなく不安な気持ちになる。
カウンターの後ろにも、実は6席ほど取れるスペースがあった。
でも、その空間に人がいること自体が、自分にとっては大きなストレスだった。
だから、全部潰した。
それが、お客様にとっても「なんとなく、ここが落ち着く」と感じてもらえる何かに繋がっていたらいいなと思った。
だから、カウンターを長く取り、
1席でも多く増やせたかもしれない場所には、
あえて“空白”を残した。
そして今ではそのスペースは、たくさんのウイスキーを並べる棚になっている。
誰かに座っていただく席をつくるのではなく、
この空間の主役であるウイスキーとラムたちに、静かに居場所を譲った。
その場所は、銘柄や情報を声高に主張するのではなく、
ただ静かにそこに“並んでいる”ことで、空気の一部となっている。
誰かと一緒に来ても、
言葉が少し途切れてしまっても、
その沈黙が気まずくならない距離感。
向き合っていなくても、つながっていられるような並び。
隣にいても、ひとりの時間も許されるような余白。
この配置によって生まれた空間が、
リトハピに来てくださる方の気持ちを、少しでもやわらかくしてくれているなら。
それが、私にとって一番うれしいことかもしれない。
椅子と机の配置なんて、
お店をつくる上では小さな要素に見えるかもしれない。
でも私にとっては、”この場所でどう在れるか”を決める大切な設計”だった。
あのとき感じた『こうであってほしい』という感覚は、今もこの空間に、静かに残り続けている。
この設計の背景や、他の空間についても、こちらで綴っています。
▶︎ 特集|空間に込めた、静かな哲学